錦織圭選手の準優勝を祝しながら読みたい、テニス漫画傑作選
※本記事は、「マンガ新聞」にて過去に掲載されたレビューを転載したものです。(編集部)
【レビュアー/兎来栄寿】
錦織圭選手、準優勝おめでとうございます!
残念ながら決勝戦ではチリッチ選手に敗れてはしまいましたが、それでも日本人として初めての全米オープン決勝進出という快挙!?そして、車いすテニスでも上地結衣選手と国枝慎吾選手がシングルス・ダブルス共に優勝。
何と国枝選手はグランドスラム達成!?日本中を興奮させてくれたことに感謝したいです。その余波は早速漫画界にも影響を及ぼし、『ベイビーステップ』が売り場から消えてしまった書店もあるとか!
実は何を隠そう、マンガソムリエである私、昔はテニス部でした。様々な作品に影響され、七色のサーブや特殊なショットばかりを狙い、そういった技でポイントを取ることに勝利以上の価値を見出していた中二病な変則的プレイヤーでしたが……ともかく、人一倍テニスとテニス漫画には思い入れのあるこの私が、これを機に強く推薦したい熱いテニス漫画を紹介します。
『しゃにむにGO』
あらゆるテニス漫画の中でナンバーワンを挙げろと言われたら、私は『しゃにむにGO』を推します。
正直、このレビューは半ばこの作品の為に行っているといっても過言ではありません。恐らく、少女漫画であるが故に初めから眼中になかった、という方も多いことでしょう。
しかし!それが読まない理由になるのはあまりにも勿体無い作品です。最近では『ちはやふる』がその典型ですが、少年漫画の熱さと少女漫画の繊細さが高い次元で同居している稀有な作品です。『エースをねらえ!』が築いたテニス漫画というジャンルを『しゃにむにGO』が完成させた、と言っても過言ではないでしょう。
この作品を手掛けたのは、『ニューヨーク・ニューヨーク』、『赤ちゃんと僕』、『ましろのおと』などの羅川真里茂先生。ゲイ、家族の絆、津軽三味線……どれも全く異なる題材を扱っていますが、どれも揺るぎなく名作。羅川先生、どれだけ器用なんですか!
羅川先生のすべての作品に共通して言えるのは、人間を描くのがとても上手だということ。常に、そこに一人一人存在するキャラクター達の厚みのある人生が感じられるのです。それぞれの出生や家庭環境といったバックグラウンドがまずあって、それぞれが抱える事情や思惑の中で時に痛みや苦しみに晒されながら、困難を乗り越えて行く美しさ・素晴らしさが、丁寧に熱く描かれます。
そして、この作品は車いすテニスについても描いている数少ない作品でもあります。その世界や、通常のテニスとはまた違った苛酷さをもしっかり描写しています。全32巻と聞くと、手を出しづらいなと思われるかもしれません。しかし、読み始めてしまえば一瞬です。約束しましょう。
『ベイビーステップ』
今作は現在連載中のテニス漫画どころか、あらゆるスポーツ漫画の中でも最高峰であり、テニスを知らない人でも読む価値が大いにある作品だというとです。
『ベイビーステップ』で描かれるアスリートとしての心構えは、あらゆる人の人生にも応用可能。人は少しずつでも前に進めばいい。
『Happy!』
『YAWARA!』で柔道ブームを起こした浦沢直樹先生の、もう一つの代表的なスポーツ漫画がこの『HAPPY!』です。代表作としては名前が挙がることはあまりない作品ですが、間違いなく今作も『YAWARA!』に匹敵する名作の一つです。
主人公の海野美幸は、その名前やタイトルとは裏腹に、人生において常に辛い境遇に立たされ続けます。
しかし、彼女はどんな苦境であっても屈せず、諦めず、懸命に全力で前へ進もうとします。
その姿がとても清々しく、脇役たちとともに読んでいるこちらもその気概に当てられ、元気付けられます。最後のウィンブルドンの決戦は、リアルタイムで毎回ドキドキしながら読んでいたことを思い出します。
余談ですが、この作品に出て来る魔球「ロイヤルフェニックス1号」をひたすら練習し、海野美幸のようなプレイヤーになろうとしていた時期が私にもありました。結局、飛んで来るテニスボールに書いてある文字を読む動体視力は得られませんでしたが……。
『テニスの王子様』『新テニスの王子様』
説明不要の大人気作品『テニプリ』。私のテニスのプレイングを大きく狂わせた原因となる作品でもあります。
錦織圭選手も小学生の頃から愛読しているそうです。実際、「エアK」と呼ばれるジャンプショットは今作の桃城武の「ジャックナイフ」そのもの。その他にも片足スプリットステップやドライブBなど、色々な技を真似たり、着想を得たりしたと聞いて親近感を覚えました。
許斐先生も、「178cmの錦織圭選手が大柄の選手相手に活躍する様は、越前リョーマのよう」と形容し、決勝戦前に応援コメントを出していました。実際、20cm差のあるチリッチ選手に対峙した錦織選手は小さく見えましたし、長身から繰り出されるサーブも脅威でしたが、次は是非とも勝利を収めて欲しいですね。
しかしこの作品、序盤こそ普通のテニスをしていましたが、徐々に物理法則を超越した技や現象の数々が登場。ポールの横を大きくカーブして相手のコートに突き刺さるブーメランスネイクや、強烈なバックスピンで相手のコートからボールが逃げる白鯨などはまだ可愛いもの。ナダル選手やフェデラー選手が実戦で繰り出したこともありましたし、私も練習しました。
しかし、波動球やら分身しての一人ダブルスやらが出始めると雲行きは怪しくなりました。
その超常的なテニス、いわゆるテニヌとも呼ばれる内容は、『新テニスの王子様』になってからますます磨きがかかっています。
人体を透視したり、審判含む周囲の人間全員に幻覚を見せたり、相手の打球を受けて観客席まで吹っ飛んで心肺が停止したり、空間を削り取ってブラックホールを生成することでボールを受け止めたり、最早ツッコミが全く追い付きません。何で中高生がテニスをしながら「滅びよ」とか「棺桶を用意しろ」とか言ってるんでしょうか。
真面目なテニスファンが見たら卒倒するかもしれませんが……それでも、この作品はキャラクターの個性が実に豊かで魅力的ですし、ある意味予測不可能な展開を絡めた独自の熱さも持ち合わせています。その上で、声を上げて笑うことのできる素晴らしい作品です。
『燃えるV』
スポーツ漫画を纏めて紹介する時に島本和彦先生の作品をオチに持って来るのはやめよう、と思うのですが『テニプリ』を紹介したからにはこちらも上げておかずにはいられません。
ドラマ「アオイホノオ」の最新話で『リングにかけろ』が大々的に紹介されていましたが、正にこの作品は島本和彦先生が『リンかけ』のノリで「ボクシング漫画が描きたいのに描いたテニス漫画」なのです。
間違いなく『テニプリ』の元祖と言える破天荒さ。最近の『新テニスの王子様』でも、相手を場外に吹き飛ばしたり再起不能にした方が勝ち、という風潮はありますが、その源流は間違いなくこの『燃えるV』です。
ラケットのガットを突き破ったり、ボールが破裂したりする程度は朝飯前。
様々な必殺ショットによってボートを沈めたり、フィールドを破砕したり、そもそも相手がテニスプレイヤーでないなど何でもアリとなっていきます。
得点を競うはずのテニスという競技ですが「コート外に吹っ飛ばした方が勝ち」「破壊的な打球を体で受け止めて耐えて立っていた方が勝ち」「ラケットは投げてもいい」など、最早テニスのルールという概念は30年近く前に島本和彦先生の手によって一度破壊されていたのです。
その後、10年近くの時を経て、ようやく『テニスの王子様』という最高のフォロワーができたことは感慨深いことです。果たして、この「次」となる作品は現れるのでしょうか。
テニス漫画はその絶対数こそ多くはないですが、その中には濃密な王道と覇道が入り乱れています。実際のテニスと共に秋の夜長に楽しんでみてはいかがでしょうか。