私は願う。この国に住む人間全員が『キーチVS』を読んで頭に火が点けばいい、と。
※本記事は、「マンガ新聞」にて過去に掲載されたレビューを転載したものです。(編集部)
【レビュアー/兎来栄寿】
漫画を年間千冊前後読んでいる私だが、こんなにも魂をぶつけられた作品は他には無かった。
きっと、多くの人は大なり小なり今の社会に、今の日本のあり方に不満を抱えていることだろう。
真実を歪めて語るマスコミや、既得権益を醜い手段も辞さず守ることに必死な者たち。あるいは、度々行われる選挙で想いを込めて票を投じても、それが報われる実感のない虚しさ。
だが、個人の力で何ができ得るだろうか。
結局のところ何もできず、ニュースや世情に悶々としつつも日々を過ごす大人になっている。それが普通だろう。
しかしながら、この『キーチVS』の主人公・染谷輝一(そめやきいち)は普通ではない。そんな歪みに対して見て見ぬフリができない、どこまでも純粋で真っ直ぐな男なのだ。それは決して正義だとか平和だとかの為ではなく、ただただ己にとって不快なものを無くし真っ当に生きたいという孤高の信念である。
前作にあたる『キーチ!!』(全9巻)では、幼少期から真っ直ぐだった輝一の長いものに巻かれない生き様を見ることができる。
幼い頃に目の前で両親が通り魔によって刺殺されるという現代日本の中にあっては極めて理不尽度の高い原体験を持ち、その後ホームレスと生活を共にする濃厚な幼少期を経た輝一は、常識から逸脱した存在である。相手が大人であろうと、どんな肩書を持っていようと、気に入らないものに対しては真っ向から衝突する。
そして、小学五年生になった時に運命の出会いを果たす。子どもながらに日本を良くしたいと考える頭脳明晰な相棒・甲斐慶一郎(かいけいいちろう)。
彼と手を組んで、政界の大物相手に大立ち回りを繰り広げるその姿は、日々社会に疑念や憤慨を抱きながら過ごす私のような者にとっては非常に胸がすくような痛快さだ。誰もが口を噤んで言いたくても言えないことを、声を大にして叫び、代弁してくれている。こんな気持ちのいいことがあるだろうか。醜いものは醜い、そんな当たり前のことにすら口を閉ざさねばならない世の中の窮屈さを、輝一たちは打破してくれる。
『キーチVS』は輝一が大人になってからの話だが、そこで描かれる物語の破天荒さとカタルシスは更に増大している。こんなことを漫画で描いてのけるのは間違いなく新井英樹先生しかいない。そういうことを誰かに言って欲しかったのだというポイントを的確に押さえ、叫んでくれる。
その上で、3.11を経ても何も変わらない、現実から目を背けて惰性的に生きる私たちにも、輝一はどこまでも痛烈に現実を突き付ける。
輝一は言う。
「この国に住む人間全員の頭に火を点けたい」
と。
私は願う。この国に住む人間全員が『キーチVS』を読んで頭に火が点けばいい、と。
単行本には堀江貴文氏や小沢一郎氏の元秘書・石川知裕氏らと現代社会を語る型破りな対談も収録されており、担当編集者共々その心意気に感服する。
この偉大な問題作を一人でも多くの人が手に取り、彼の掲げた拳の熱を感じて欲しいと願って止まない。