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『群盗』一幕二場

第一幕

第二場

ザクセン国境沿いの酒場。
カール・フォン・モーアが読書に熱中している。  
シュピーゲルベルクは机の近くに座り、酒を飲んでいる。

モーア   (本を置いて)プルタルコスの『英雄伝』を読んでると、インクで汚れた今の時代にムカムカしてくんな。

シュピーゲルベルク   (カールの近くにグラスを置き、自分も飲みながら)じゃあ、ヨセフスを読めよ。

モーア
   赤々と燃えるプロメテウスの火は消え失せ、その代償として人はヒカゲカズラを燃料に火をつける――劇場の偽の明かり、これじゃパイプの火はつかない。だから人間は、ヘラクレスの棍棒にたかるネズミのようにゴソゴソ這い回る。それから頭の中をこねくり回して「ヘラクレスのキンタマの中に一杯詰まってるあれはなんだ?」と検討し始める。フランスの司祭が「アレクサンダーは臆病者だった」と論じ、結核を病んだ教授は一言ごとにアンモニア水の瓶を鼻の前にかざしながら、「力について」の講義をする。ガキを孕ませるたびに気を失うようなやつらが、ハンニバルの戦術の粗探しをし、鼻水たらしたガキどもが「カンネの戦い」の名文句を適当に引用すれば、スキピオの勝利に泣き言を言う。「みんなの前で発表しなきゃならないんだ!」

シュピーゲルベルク
   実にアレクサンドリア風の嘆きじゃねえか。

モーア
   不滅の魂が、ギムナジウムの学生どもが持ち歩く本の束に力無くも押し込められている。戦場で流した汗への美しい代償がこれか? まき散らせた血の高価な代償が、ニュルンベルクの屋台のおやじが売るレープクーヘンの包み紙になることか――まあ、うまくいったとして、フランスの悲劇作家に針金で繋がれて、引き回される操り人形がせいぜいってとこか、ハハハハ!

シュピーゲルベルク
   (酒を飲む)いいから、ヨセフスを読めって。お願いしまーす!

モーア
   あー、あー! やってらんねーよ、今の時代は、去勢されてぶらーんと垂れ下がって使えねえ、やる気もねえ! 前時代の行いを反芻し、古代の英雄を学術論文でこき下ろし、悲劇に書いてメチャクチャにするんだ。股間の力は乾いてからっぽになりかけてる。故に、ビール酵母が人類の繁殖を助けてくれるってわけだ。

シュピーゲルベルク
   ってか、お茶とかねえのか、兄弟、お茶くれよ!

モーア   その上、健全なる自然状態を味気ない慣習の中に閉じ込める。健康のためには飲むべきだぞ、と言われるまで、グラスを空っぽにする勇気もない。――有力者のコネがあるとなれば靴磨きにヘコヘコして、相手が恐れるに足らんとなれば可哀想な奴らをいじめる。昼飯一つで神のごとく讃え、敷布団一枚を競り負けたからって毒殺する。――頻繁に教会へ来ないサドカイ人を非難しておいて、祭壇の前で膝をつくユダヤ人は金勘定に忙しく、美食三昧ってわけだ――牧師から目を離さねえと思いきや、カツラの手入れをじっと見てる――ガチョウの血を見ただけで卒倒するような奴らも、競合相手が破産して出て行くところを見れば、手を叩いて喜ぶぞ――俺が優しくあいつらの手を握ると――「もう一日だけ、どうか」――無駄だ! 犬と一緒に牢屋へ入ってろ! 請願! 誓約! そして号泣だ! (地団駄を踏んで)地獄へ堕ちろ、クソ野郎!

シュピーゲルベルク   しかも、たった千ドゥカーテンのせいでな――

モーア   クソ、考えたくもねえな! 俺の体はコルセットで、俺の決意は法律で矯正されるがいい。だがその法律は、カタツムリの歩みでのろのろと腐っていった。鷲のごとく飛翔したかもしれないのに。法律は、未だかつて偉大な人物を生み出したためしがない。だが自由は、稀代の傑物を花開かせる。それなのに、世間の奴らは暴君の腹膜に杭を打ち込み、胃の具合に媚びへつらって、屁こきに勢を出す始末。――ハアー! ヘルマンの精神よ、灰の中に微かでも輝いているか! さあ、俺をこのまま軍勢の前に立たせてくれ、ドイツよ共和国となれ、ローマもスパルタも震えて祈るがいい。(短剣を机に突き立て、立ち上がる)

シュピーゲルベルク   (興奮して)いいぞ! やってやれ! やっと本題に入れそうだな。お前の耳に入れたいことがあるんだ。モーア、もうずっと考えてたんだけどな、それで、お前こそピッタリだと思ってさ――イッキにいけよ、兄弟、イッキ! ――ユダヤ人になって、一緒に王国を築こうって言ったらどうよ!

モーア   (大笑いして)アハハハ! マジかよ――わかった――割礼を復活させたいんだろ――で、お前は、一皮むけてんの?

シュピーゲルベルク   すっとぼけてんじゃねえよ! 俺のはなあ、驚いたことに、生まれながらズルムケなんだよ。でもまあ、どうよ、結構ちゃんとした計画だろ? 公約を世界の隅という隅まで飛ばすんだ、それで、豚を食わない奴ら全員、パレスチナに召喚する。そこで俺はもっともな書類で証明するんだ、四分治を統べる支配者ヘロデ王が俺の祖先だったらしいとかなんとか。若い奴らで古の栄光を取り戻して、エルサレムが復興したらサイコーだろ! 鉄の熱いうちにトルコをアジアから追い出そうぜ、レバノン杉を切り出して船を建造してやろう、それから古い組紐とレースで全国民がボロ儲けだ。そのうちに――

モーア   (笑顔で手をとって)お前な! 悪ふざけはやめとけよ。

シュピーゲルベルク   (驚いて)ハアー、お前だっていつまでも家出息子を演じてたいってわけじゃねえんだろ? お前が剣でバッテン傷を喰らわせたやつなんてな、閏年に代書屋が三人がかりで命令書に書き込む数よりか多いんだぜ! あのでっかい犬の死骸の話を、もう一回聞かせなきゃわかんねえか? おい! お前の本来の姿を呼び覚ましてやる、そうすりゃ血が滾るだろ、そうでもしなきゃあやる気が出ねえみてえだな。まだ覚えてるか、神学校のお偉方がお前の犬の脚を撃たせたことがあっただろ、それで復讐のために断食を触れまわったよな? この指令書に奴らは不服だった。だがお前も黙っちゃいない、町中の肉を買い占めてやって、八時間後にはあたり一帯かじれる骨の一つも残ってなかった。魚の値段さえ上がり始めたよな。役所も市民も集まって仕返しの相談だ。俺たちは若い奴ばっかり威勢良く一七○○人くらいだったか。それで先頭がお前だった。肉屋、仕立屋、雑貨屋が後ろから続き、宿屋の主人、床屋の主人、そして全ギルドの連中もやって来た。「若い奴に髪の毛一本でも触れてみろ、嵐みたいな暴動が巻き起こるぞ!」で、ホルンベルクの射撃よろしく、スゴスゴ引き下がる羽目になったよな。お前は医者を連れて来させ、「医学総会だ!」と三ドゥカーテン差し出し、「誰がこの犬の診断書を書く?」と言った。医者達は評判が落ちるのを怖がって「できない」と言うかもしれない、って心配したよな、だから事前に、無理にでもさせてやろうと取り決めておいた。でもその必要はなかったな、あいつら三ドゥカーテンを取り合って殴るわ、三バッツェンまで逆ぜりを入れるわだ。一時間の間に一二通も処方箋が出来上がって、そうこうするうちに犬の方が死んじまった。

モーア   下劣な野郎だな!

シュピーゲルベルク   あの葬式はド派手だったな、すごい人数が犬の周りで詩を読み、歌を歌い、夜には何千もの弔問客がランタン片手に、俺らの先鋒隊はロングソード片手にやってきた。葬式の列は金の音を打ち鳴らし、音楽を奏でながら街を巡って犬を埋葬した。その上に朝日が昇るまで続く大宴会だ、それでお前は医者達に礼を言ったな、心からのお悔やみをありがとうございます、五割引で肉を売ってくれてありがとう! 「Mort de ma vie! 我が人生の死よ!」 あん時は、スゲエやつだってリスペクトした、占領された砦の守備隊みたいでさ。

モーア   それで、そんなことを大げさにひけらかして、恥ずかしくないのか? あんな悪ふざけを恥ずかしいと思うほどの羞恥心も持っていないのか?

シュピーゲルベルク   ハア? もう帰れよ! あのカール・フォン・モーアはどこだ? 忘れたわけじゃねえだろ、何千回もお前、酒の瓶を持ってさ、古いフェルトの布を引きあげて、言ってたじゃねえか、「あいつはボロボロに引っ掻かれなきゃならねえ、あいつを飲み込んでやる」って! ――覚えてんだろ? なあ? 覚えてんだろうが? マジかよ、どうしようもなくダセエ奴だな! いいツラしといて、結局はお貴族様ってことか、でもな――

モーア   思い出させやがったな、テメエ、呪うぞ! あんなことを言った俺も、呪われればいい! でもあの時は、酔った勢いで気炎を上げただけだ、俺の舌が何を言ったって、マジでそう思ってたわけじゃねえ。

シュピーゲルベルク   (首を振って)いやいや! 違えって! お前、ふざけんな! そんなわけねえだろ。ありえねえって、兄弟、マジで言ってんじゃねえよな。なあ、兄弟、金に困ってるとかじゃねえだろ、違うよな? 来いよ、小さい頃の話を聞かせてやる。あの頃、家の隣には堀があった。そいつは、少なくとも八フィートくらいか。悪ガキだった俺たちは競って向こう側へ跳んで渡ろうとした。でもまあ、飛び移れるやつはいないんだな。それ、ジャンプ! ドボン! 上じゃクスクスゲラゲラ笑ってやがる。で、向こう側とこっち側に分かれて雪合戦だ。家の近くには猟犬がいて、鎖に繋がれて寝そべってたんだけどさ、女の子が通り過ぎる時なんか、近くに寄り過ぎたら電光石火で飛びつかれ裾をガブッとやられる、噛み癖のある野獣みてえな野郎だった。その犬をあっちこっちでからかってやるのがむちゃくちゃ面白くてさ、死ぬほど笑えるんだ。腐肉を見つめるみたく憎々しげに俺を睨みつけて、あわよくば飛びかかろうとしやがる。――何が起こったと思う? ある日のことだ、俺はまたあいつを苛めて、脇腹に石を投げつけて骨を折ってやった。犬のやつはキレて鎖を引きちぎる、俺をめがけて飛びかかってくる、それで俺は、超ヤバイじゃん、あっちこっち逃げ回る――ここまでか! 目の前にはあの堀がある。さあどうする? 犬は猛然と追いかけてくる、一瞬考えて、いよいよ決断、思い切りジャンプ――大成功。あのジャンプのおかげで俺は今生きてる、あの獣の野郎に、ズタズタに切り裂かれてたかもしれないからな。

モーア   なあ、それ、今関係あるか?

シュピーゲルベルク   関係って――火事場の馬鹿力ってやつを、お前も学ぶべきだってことだよ。あれ以来、予想外のことが起こっても、俺はもうビビッたりしねえ。度胸は恐怖で育つんだ、力は必要に迫られて大きくなる。俺はデケエ男になる運命ってことだ、苦難の道を通るんならな。

モーア   (イライラして)これ以上、何のために度胸が必要だ? 今までだって、度胸が無かったわけじゃねえ。

シュピーゲルベルク   そうかあ? ――で、お前は自分の堀をほったらかしにして、限界に挑戦しないってのか? 才能を埋もれさせておく気か? ライプツィヒのゴタゴタが、人類にしかける悪ふざけの限界だって言いたいのか? いいから、偉大な世界へ一歩踏み出してやろうじゃねえか。パリでもロンドンでも! ――大真面目にご挨拶してみろ、一発お見舞いされるぞ。そんなところで上手いこと仕事ができれば、魂も大歓喜だ。――テメーなんか大口開けてポカーン! 目ん玉ひんむいて心臓バクバクだ! いいから待てって、筆跡の偽造、サイコロのイカサマ、金庫破りにトランクの中身の引き抜き方――このシュピーゲルベルクが教えてやろう! 盗みにビビって飢え死にするような奴は、いっそ死刑台で吊られちまえって話だ。
  
モーア   (ぼんやりと)んん? まだ続きがあったんじゃないのか?

シュピーゲルベルク   お前、信用してねえな。 待て待て、俺もだんだんエンジンがかかってくるからさ! お前は、奇跡を見ることになる、頭蓋骨の中で脳みそがグルングルンだ、俺のアイデアは陣痛を起こして、今にも生まれそうだ。――(立ち上がり、熱く)キタキタキター! すんごいアイデアが、降りてきた。 超アツい計画が、この天才的な脳みそから湧いてくる。ムッカツくなあ、このボンヤリ頭! (額を叩く)こいつのせいで、今まで、俺の真の力は鎖に縛られ、見通しは遮断され、締め付けられていたんだ! わかる、わかるぞ、感じるぞ、俺は何者なのか――何者になるべきなのか!

モーア   バカヤロー。脳みそが酔っ払ってとんでもないことを言い始めたぞ。

シュピーゲルベルク   (熱くなって)シュピーゲルベルク、こう言われるようになるんだ、お前魔法が使えるのか、シュピーゲルベルク? お前が将軍にならなくて残念だったなあ、シュピーゲルベルク。王様も言うだろう、お前ならオーストリア野郎なんかボタン穴から追い出してやっただろうに。ほら、医者たちの嘆きが聞こえるぞ、あの男が医学を勉強しなかったとは、無責任なことだ、あの男なら甲状腺腫の新薬を開発しただろうに。財政学を専攻しなかったとはなんたる損失だ、信じられん! 石っころからルイス金貨を作り出したかもしれないのに、とシュルリー内閣がため息をつく。それでな、シュピーゲルベルクは西でも東でも噂の的だ、クソったれ! ヘタレの! ゲロゲロヤロー! 何とでも言えばいい。こうしてシュピーゲルベルクは翼を大きく広げ、永久不滅の殿堂をめがけて舞い上がるのでした。めでたしめでたし。

モーア   気をつけて帰れよ! 栄光の架橋を登りつめるんだな! 父なる森は影の中だ。かわいそうな俺のアマーリアが、高貴な喜びに招いている。父上には、先週中に謝罪の手紙を出しておいた。小さなことも包み隠さず書いた。正直のあるところには、同情も救いもある。じゃあな、モーリッツ。今日を最後に会うこともないだろう。そろそろ返事が来る頃だ。父上の赦しもこの城壁の半ばまでは届いている。

シュヴァイツァー、グリム、ローラー、シュフテレ、ラツマンが現れる。

ローラー
   聞いたか? 俺たち、もうバレてるって。

グリム   いつパクられるかわかんねえってことか?

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