夏の終わり、そしてある釣り人の幻想。
朝靄と木漏れ日、そして川の水音。自分と竿が川の流れと一つになった時、突然の目印の不規則な揺れと強烈な引き込み。竿が満月のようにしなり、狂おしいほどのスリル。やっと取り込めた時の安堵感。スイカの匂いのする香魚の姿に惚れ惚れする。清流の女王、そう鮎。
それが3回も続くと我は天才かと勘違いする。しかしフッと糸切れしてしまう時、全て流され竿先だけがプランプランと揺れてお前は馬鹿かと笑っている。誰かに見られてやしないかと周りを見るが、お前のことなんぞはだれも…。だがそんな絶望の中にも微かな快感が潜んでいる。釣り人は誰にも気づかれず天国と地獄を行き来し、日常では味わえない倒錯の快楽を味わっている。
ふと周りを見るとすでに暗くなり始めて、慌てて岸に上がる。するといつも必ずそこに居る、夕陽に照らされた川面を見つめる痩せた寂しげな老人。自分が今まで辿ってきた道筋と夕暮れを重ねているのだろうか?オレンジ色が老人に反射して、それは自分自身?そういつかどこか見た"デジャブ"。悠久を流れる宇宙の中の地球という星での、ありふれた夏の終わりとちっぽけな人生の終わり。不思議な幻想におそわれる心が、不安を伴う高揚を生み、今までじっと静かだった河原の土埃りを突然強く舞い上げた。
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