見出し画像

NO.23 8月のシューベルト

吉田秀和さんがシューベルトの音楽について「これこそ本当に心の深いところから生まれた音楽だ」と書いているけれど、ロストロポーヴィチのチェロ、ベンジャミン・ブリテンのピアノによるシューベルトの「アルペジオーネ・ソナタ」を聴いていると、まさにこの音楽が「心の深いところ」から生まれた音楽だということが良くわかる。

ブリテンはこの曲の最初のテーマをまるで躊躇うような緩やかなテンポで一音一音を確かめるように弾き始める。
ロストロポーヴィチのチェロもそのテンポを崩さぬようにゆっくり柔らかい音で最初のテーマを歌う。
そう、彼のチェロの音色はほんとうに人の歌声のように聴こえる。

「アルペジオーネ・ソナタ」はシューベルト27歳の時の作品。
伸びやかな歌心に満ちた名作で、彼の最晩年(といっても31歳という若さなのだが)の作品のように、聴いていて深淵に連れ去られるような恐ろしさはない。

しかし、この演奏で聴いていると、この曲がまるで世界の全てが終わった後に誰も聴くもののいない荒涼とした廃墟から聴こえてくる限りなく美しい音楽のような錯覚を覚えるのだ。

それがまるで滅亡した人類へのレクイエムのように聴こえるのは、いつ終息するとも知れぬコロナと異常とも言える猛暑の中で感じる8月という(戦争の記憶が甦る)季節のもたらした幻影なのかも知れないけれど…

いいなと思ったら応援しよう!