成功の鍵は苦手との付き合い方だったりするのでは
「英国王のスピーチ」という映画がある。有名な映画なので知っている人の方が多いだろううが、吃音のイギリスの王様、キングジョージの実話である。言語聴覚士からリハビリを受け、吃音を乗り越え国民の前でスピーチするという話だ。コリンファースの吃音の演技はなかなかリアルで、障害と闘う姿はなかなか胸にくるものがある。私もリハビリテーションの現場で働いていたので、セラピスト目線でも胸が熱くなる思いだった。
話は変わるが、スキャットマン・ジョンというミュージシャンをご存知だろうか。日本ではプッチンプリンのCMで有名だ。スキャットとは歌詞の代わりに「ルルル」や「ドゥバドゥバ」など意味を持たない言葉を音楽に乗せて歌うという、ジャズでよく用いられる技法である。実はスキャットマンも吃音で、症状を逆手にとってスキャットを始めたんだとか。その事実を知って彼の曲を聴くと非常にメッセージ性が強くポリティカルなことも言っていたりするので驚いた。昔は芸人がモノマネしたり二次創作に使われていたりしていたので、もっとコミカルな歌詞だと思っていた。しかし実態は障害や政治のことを本人目線で伝えようとしている社会派な曲であった。
さて、この英国王とスキャットマンは両者ともに吃音者でありながらも、世間からは成功者と認識されている。しかし、双方の吃音に対するアプローチは真逆だなという印象だ。英国王の認識で言えば吃音は弱みである。そして彼はその弱みを克服するために練習した。コーチを付け、時には喜び時には挫折し、能力的にも精神的にも乗り越えた。一方スキャットマンは(真意は分からないものの)そもそも吃音を弱みというよりは個性と認識していたのではないだろうか。過去に吃音由来でいじめられたり依存症に陥ったりしていたようだが、最終的には彼は自身の吃音を生かしてスキャットを行おうと思ったわけだ。スキャットを通して吃音に対するメッセージを発信したいと考えたのだ。
苦手を克服しようとする姿勢も生かそうとする姿勢も、どちらも自身の得手不得手をよく理解し、うまく付き合おうとしている。両者ともに成功者として映画になったり音楽がこの時代まで残っているのは、苦手とともに生きる方法を模索した結果なのではないだろうか。世間ではストレングスファインダーやストレングスモデルという考え方が浸透している。強みを生かすことはもちろん非常に成長できる環境だろう。しかしどんな人間にも苦手はついて回るものだから、その苦手とどうやって一緒に生きていくかを考えることは実はステップアップに最も必要だったりするのかもしれない。 偉人たちのエピソードを思い返しながらそんなことを考えるのである。