正式加入前から“ファジアーノらしさ”を漂わせる、超実戦型ボランチ(藤井海和/流通経済大学→ファジアーノ岡山)
そのプレーに、その立ち振る舞いに、雉のエンブレムがダブって見えた。
流通経済大学の主将を務める藤井海和。2025シーズンからファジアーノ岡山への加入が内定しているボランチだ。
11月17日に味の素フィールド西が丘で行われた関東大学サッカーリーグ1部の最終節・明治大学との試合で、藤井は左腕に腕章を巻き、[4-4-2(4-2-3-1)]のボランチの1人としてフル出場。悔しくも流通経済大は1‐4で明治大に敗れてしまったが、藤井のプレーからは終始ファジアーノらしさを感じた。まだ正式加入していないのに、だ。
これからファジアーノのユニフォームに袖を通す選手に、なぜそのような感情を抱いたのか。攻撃、守備、キャプテンシーの3要素から紐解いていきたい。
変幻自在&シンプルで前後をつなぐ
明治大との一戦では、攻撃のオン・ザ・ボールのプレーを見る機会は非常に限定的だった。その理由は、流通経済大が最終ラインから前線へロングボールを蹴り込む回数が多かったこと、藤井自身がボールを前進させるための特別な役割を与えられていなかったことが考えられる。
しかし、攻撃に全く関与しないわけではない。空いているスペースや、相手チームとのフォーメーションのかみ合わせによって生じるギャップを素早く発見し、そこに立ち位置を取る。ボランチのポジションには固執せず、左サイドハーフをオーバーラップする動き、ボランチからFWの位置まで真っ直ぐに飛び出す動き、左サイドバックが上がって空いたスペースに斜め落ちする動きなど、前後左右どこにでも顔を出す。
局面ごとに最適な位置取りをすると、身振り手振りで味方に指示を送る。ボールを前進させるのは右サイドからなのか、左サイドからなのかといった、チームの攻撃の方向付けを発信。また、サイドハーフには内側に絞ること、サイドバックには押し上げることを要求し、味方のポジショニングの微調整を促す。チームのボール保持時は、自らが足元でボールを捌くのではなくパスを受けた味方の近くにいてサポートするという意味合いの強いオフ・ザ・ボールの動きと、チームをオーガナイズするアクションが印象的だった。ボールを前進させることに成功すれば、走力を生かして勢いよく相手ゴール前に飛び込んでいった。
藤井が自らボールを触る場面は限定的で、触ったとしてもその時間はとても短かった。その中でも、視野の広さを感じた。止める・蹴るの基礎技術も高いのだろうが、それよりもどこにパスを出せば相手に奪われないか、プレスを掻い潜ることができるのか、といったことを瞬時に把握しているイメージ。相手3選手に囲まれた状況でも、少ないタッチで隙間を通し、逆サイドに展開するパスが2本ほどあり、狭いところからボールを逃がす、シンプルなプレーをそつなくこなしていた。
常に集中力を高く保ち、頭を動かし続け、前と後ろを確実につなぐ。チームの潤滑油になる働きは、現在ファジアーノに所属する田部井涼や輪笠祐士の系譜と言える。
個人でも組織でも守れる
独力でボールを奪える力強さは頼もしいほどだ。重心が低く、おそらく体幹も強い(当たり前かもしれないが)。ボールを持つ相手選手に下からぶつかることで、バランスを崩させてからマイボールにしていた。また、ステップワークや方向転換などの下半身の動きが非常にスムーズで、対応力が高い。アプローチ(寄せ)に関してはスタートそのものが早いし、スピードもある。一気に間合いを詰め、ガツンと体をぶつけ、ボールを刈り取る姿は、現在ファジアーノの中盤を下支えする藤田息吹を彷彿とさせるものだった。
スペースを認知する目は、守備にも十分に生かされているのだろう。単独でのボール奪取だけでなく、サイドバックやセンターバックが空けたスペースを埋める動きは迅速。いつの間にかディフェンスラインに溶け込み、ピンチを未然に防ぐ場面は明治大との試合でも少なくなかった。
ヘディングの強さを見ることができたのも収穫だった。173cmと大柄な選手ではないが、跳躍力があるのだろう。ヘディングの打点は高い。落下地点の読みも鋭く、自分よりも背の高い選手に競り勝って大きく弾き返すシーンもあった。
攻守を総合すると、プレーの強度と連続性が優れており、自分自身がボールを持っていない時にチームの助けになれる。まさに、縁の下の力持ちタイプだ。攻守の切り替えや球際などのサッカーの下地とも言える部分の能力が求められるファジアーノのボランチにピタリとハマる人材だと感じた。大学の試合を見ているにもかかわらず、脳内では雉のエンブレムを胸に宿してシティライトスタジアム(JFE晴れの国スタジアムへの名称変更が決定)のピッチを縦横無尽に駆け回る姿に変換していた。
試合後に応援団から返ってきた「ありがとう」
実は藤井のプレーを見たのは、この日が初めてではない。ファジアーノの2024シーズンが開幕する約1カ月前、宮崎のグラウンドで当時は練習生としてトレーニングマッチに参加する姿を見ていた。その時にプロ相手でも引けを取らない強度の高さと切り替えの鋭さが印象に残っていたのだが、明治大学との試合では、リーダーとしての素養を目の当たりにした。
試合中の立ち振る舞いはキャプテンそのもの。前半にチームメイトが同点ゴールを決めた時は笑顔を覗かせながらも力強い言葉でチームを引き締め、勝ち越しゴールを喫した後には守備陣とコミュニケーションを取り両手を叩いてチームを前に向かせる。味方に指示を送るだけではなく、チームが難しい状況でも励ましたり勇気づけたりする“鼓舞”の声を途切れることなく出し続けていた。腕章を託されていることに対する責任感もあるのだろうが、意識が自分のプレーだけにならず、チーム全体の状態や試合全体の状況にも向けられている証拠だ。
プレー中のコミュニケーション力が高い。味方の名前をはっきりと呼び、自分の考えや意見をしっかりと伝える。どのポジションの選手とも“つながり”を生み、一体感を持って戦っていた。選手のキャリアを積み重ねた先には、現ファジアーノの主将・竹内涼のような選手像が待っているのかもしれないと思った。
試合後、藤井はキャプテンとしてチームの先頭に立って各所に挨拶をして回った。誰よりも深く礼をして感謝を伝える中、流通経済大学の応援団に一礼した後、「かいと、ありがとう」の声が次々と返ってきた。負けはしたものの90分をタフに戦い切った藤井は、それまで清々しい表情をしていた。しかし、仲間の言葉を聞いて涙を抑えることはできなかった。
流通経済大学は今節の結果、関東大学サッカーリーグ1部を9位でフィニッシュ。12月の全国大学サッカー選手権大会への出場権が与えられる7位以上に入ることができず、この試合が藤井にとっての大学サッカーラストマッチになった。
きっといろいろな思いが込み上げてきたのだろう。全国選手権大会への出場が叶わなかった虚しさ、大学生として公式戦を戦うことができなくなる寂しさ、メンバーに入れなくても最後まで自分のことを応援してくれた同級生の4年生への感謝…。苦しい時、ツラい時、うれしい時、楽しい時、様々な場面がフラッシュバックした結果の涙だったのではないか。目を赤らめる藤井のもとにチームメイトが駆け寄り、熱い抱擁を交わす。監督やコーチングスタッフが手を差し伸べ、固い握手を交わす。ほんの一瞬の出来事だったが、4年間を誠実に過ごしてきたからこその人望の厚さを感じた。
ピッチ内でのプレーからは攻守に強度と連続性の高さを感じ、ピッチ外での立ち振る舞いからは誠実な人柄を感じる。現在のファジアーノが志向するスタイルと、これまでファジアーノが大事にしてきた理念。そのどちらにもマッチする藤井海和は、2025シーズンから岡山の地で子どもたちに夢を与えていく。その姿が楽しみで仕方ならない。
※敬称略