良いゲームとはどんなゲームなのか?|情報理論から見たゲームデザイン
エントロピーという言葉を聞いたことがあるだろうか。なんだかよくわからないけど増大しているらしいアレである。エントロピーは大きく分けて熱力学におけるものと、情報理論におけるものがある。
情報理論におけるエントロピーとは、情報の乱雑さや不確実さを表す。つまり色々な出来事がランダムに発生する状況はエントロピーが高いと言える。これはなんだか、ゲームデザインの分析に使えそうではないか。つまり情報エントロピーという観点から、良いゲームとはどんなゲームなのか分析することができるのではないだろうか。
先行事例として、かの大音楽家バッハの曲を情報理論を用いて分析したという研究がある。
この研究を見て思い出したのだが、実は僕は学校で情報理論を学んでいた。これ幸いということで、この記事ではゲームデザインについて情報理論の視点から自分なりに分析してみようと思う。
1.導入
この記事の背景
バッハの曲を情報理論によって分析するという記事を見つけた。情報理論は自分が学校で学んでいた分野なので、ゲームについても同じようなことができないか考えてみた。
ゲームデザインを考えるにあたって、良いゲームとはどんなゲームなのかある程度定量的に測れる指標があると嬉しいが、情報理論を使うと定量的にゲームの良さを解析できるのではと考えた。
この記事の目的とアプローチ
情報理論の概念を使って良いゲーム(情報理論的に優れたゲーム)とはどんなゲームなのか考察する。
情報理論では基本的に情報の内容については考慮せず、定量的に扱える確率論的なデータ量を扱うことが多いので、ゲームの定量的な評価指標となりうるのではないか。
その他、情報理論からゲームデザインに対して言えそうなことを色々と言ってみる。
2.情報理論の基礎
情報理論の概要
情報や通信を数学的に論じる学問。情報の量や伝達方法、保存方法などについて扱い、可能な限り多くのデータを保存したり送ったりすることを目的としている。
1948年にクロード・シャノンによって提案され、通信工学やコンピュータ科学などの分野で広く応用されている。
情報量
情報の量を表す尺度で、情報理論の中心となる概念。確率分布に依存し、対象となる事象やデータの予測の難易度に基づいて計算される。
例えば、ある事象が完全に予測可能であれば、その情報量は限りなく0に近くなる。
逆に、予測が困難な事象やデータは、より多くの情報量を持つ。
「犬が人を噛んだ」より「人が犬を噛んだ」の方が情報量が多い(発生確率が低いから)という説明が有名。
情報エントロピー
ある系で発生するすべての事象の情報量の平均を情報エントロピーと呼ぶ(対してそれぞれの事象の個別の情報量を自己エントロピーと呼ぶ)。
不確実性や乱雑さの尺度を表す。つまり発生する事象の確率分布が一様にランダムな状況は情報エントロピーが高い。
サイコロに例えると、出目の種類が多いほど情報エントロピーが高いので6面ダイスよりも100面ダイスの方が情報エントロピーが高い。
さらにそれぞれの状況の発生確立に偏りが無いほど情報エントロピーが高くなるので、1が出やすいイカサマダイスのようなものは情報エントロピーが低くなる。
情報の伝達効率
送信される情報がどれだけ効率的に受信側に到達するかを示す。
送信される情報の圧縮や符号化、伝送路のノイズの除去などの工夫によって伝達効率を高めることができる。
符号化の例:モールス信号では各アルファベットに「・(トン)」と「ー(ツー)」の組み合わせによる符号を与えているが、アルファベットで最も出現頻度が高いとされる「E」に、最も短い信号「・(トン)」を割り当てている。このように、出現頻度の高いものに短い信号を割り当てることで出現伝達効率を高めている。
3.情報理論から見たゲーム
手番ごとの情報エントロピー
ゲームをステートマシン(状態機械)として捉えると、ある状態から次の状態に遷移する際の確率から、ある手番での情報エントロピーを計算することが出来る。
手番ごとの情報エントロピーは、プレイヤーから見た次の展開の予想しやすさ、よみやすさを表す。
たとえば格闘ゲームの場合、攻撃の種類が豊富で敵の行動が予測しづらいゲームは手番ごとの情報エントロピーが高く、攻撃の種類が少なかったりセオリーが出来上がっていて敵の行動がほぼ予測できるゲームは手番ごとの情報エントロピーが低いと言える。
ゲーム全体の情報エントロピー
手番ごとの情報エントロピーをゲームの始まりから終わりまで接続してネットワーク化することで、ゲーム全体の情報エントロピーを計算することができる。
MDAフレームワーク的に言うと、ダイナミクス上の全ての出来事の遷移パターンの発生確率の平均がゲーム全体の情報エントロピーとなる。
つまり様々な展開が偏り無く均一な確率で発生するゲームほど情報エントロピーが高く、逆に展開の種類が少なかったり発生確率に偏りがあったりするゲームは情報エントロピーが低くなる。
例えば○×ゲームとチェスを比較すると、チェスの方がそもそもの棋譜のバリエーションが多いうえに、展開の発生確率にも偏りが少ないと思われる。よって○×ゲームよりもゲーム全体の情報エントロピーが高いと言える。
ゲームの情報伝達効率
ゲームをプレイするということは、ゲームとプレイヤー間の情報伝達だと解釈することが出来る。
ゲーム内での情報伝達効率は、プレイヤーがゲームの情報を効果的に受信し、それを理解して楽しむために重要だと思われる。
情報の伝達効率が良い場合、プレイヤーは意思決定に必要な情報を即座に把握することができ、悪い場合は適切な意思決定を行うことができず、本来得られたはずの楽しさが損なわれると思われる。
例えばアクションゲームで、画面上のオブジェクトが敵なのか回復アイテムなのか判断がつかない場合、情報伝達効率が低いと言える。
情報理論的に優れたゲームを考える
情報エントロピーと処理能力:手番ごとの情報エントロピーは、プレイヤーが意思決定をする際に処理する必要のある情報量に近しい概念だと言える。一般的にプレイヤーの処理能力に対して適切な情報量が与えられた際に、脳の覚醒水準が適切になり面白さを感じるとされている。しかし、この指標では適切な情報量が人により異なるため、一概にどのような値が優れているとは言えない。
情報エントロピーとメカニクス:メカニクスの量に対するゲーム全体の情報エントロピーの高さを考える。この指標の高さは最小限のメカニクスで、多様なゲーム展開が実現できていることを意味する。これはどんなゲームにとっても良いことであると言えそうである。したがって、この指標の高いゲームは情報理論的に優れたゲームと言えそうである。
情報伝達効率:適切な状況判断と意思決定のためにはゲームからの情報が必要であり、情報の伝達効率を高めることはどんなゲームにとっても良いことであると言えそうである。したがって情報伝達効率の高いゲームは、情報理論的に優れたゲームと言える。
これらをプレイヤーからの素朴な視点で解釈すると、覚えるルールが少ない割に展開が多様で、ゲームの状況が理解しやすいゲームと言える。この尺度はおそらくどんなゲームにも適用できるものであると同時に、定量的に測定できる可能性がある。
4.情報理論をゲームデザインに応用する
手番ごとの情報エントロピーを最適化する
手番ごとの情報エントロピーは、意思決定の際に処理する必要のある情報量で、プレイヤーの処理能力に対して適切な値であることが望ましい。
この指標をコントロールするためには、プレイヤーの選択が適度にばらけるような選択肢をつくる必要がある。
選択肢の強さに明らかな偏りがあると、プレイヤーの選択にも偏りが生まれて情報エントロピーが低くなる。対して選択肢の強さに偏りがないと、プレイヤーの選択がばらけて情報エントロピーが高くなる。この間の適切なばらけ具体になるように調整することが、ゲームデザインの重要なポイントとなる。
ランダム性やアクション性のような不確定性の要素は情報エントロピーを高める働きを持ち、適切に導入することによって情報エントロピーを調整することができる。
ゲーム全体の情報エントロピーを最大化する
メカニクスの量に対するゲーム全体の情報エントロピーを最大化することで、情報理論的に優れたゲームを作ることができる。
この値を高めるためには、創発的なゲームを目指すのが効果的だと思われる。創発型とはイェスパー・ユールによる著書「ハーフリアル」にて提示された概念で、比較的簡単なルールの組み合わせによって、多くのバリエーションを実現するゲームのことを指す。
1度で消費されるようなコンテンツや特定のシチュエーションでしか機能しないギミックに手を出す前に、あらゆる状況で機能する堅牢なコアシステムに注力することが、創発的なゲームデザインのポイントとなる。
情報伝達効率を最適化する
情報伝達効率を高めることによって、プレイヤーの状況判断と意思決定が促進される。
情報理論における符号化の理論を応用すると、ゲーム的な機能を適切な見た目のアイコンやオブジェクトによって記号化することで、情報伝達の効率を高めることが出来る。
登場頻度の高いものをより認知しやすいような見た目にすることで、情報の伝達効率をさらに高めることができると考えられる。
ゲームデザインの定量的な評価
ゲームを定量的に評価することは難しいとされているが、情報理論的な観点に絞れば、(ゲーム全体の情報エントロピー)×(情報伝達効率)÷(メカニクスの量)によって定量的に評価できる可能性がある。
しかしゲーム全体の情報エントロピーを算出するためには、ゲームで発生するすべての出来事のネットワークモデルを作成して、それぞれのルートの発生確率を算出する必要があるので、厳密に計算することは現時点では現実的ではない。
情報理論による定量的な評価は、ゲームの良さを全て評価できるわけではないが、改善の指標としてある程度の効果を期待できる。
5.まとめ
記事の要約
情報理論の概念を使って、ゲームの定量的な評価やゲームデザインについて考えてみた。
メカニクスの量に対するゲーム全体の情報エントロピー(ゲームの展開の多様さと偏りの無さ)と情報伝達効率によって、ゲームを定量的に評価できる可能性がある。この尺度はプレイヤーの好みやデザイナーのセンスによらず、どんなゲームでも考慮する価値があると思われる。
メカニクスに対するゲーム全体の情報エントロピーは創発型のゲームを目指すことによって高めることができる。
情報伝達効率はゲームの機能を適切に記号化することで高めることができる。
手番ごとの情報エントロピー(次の展開の多様さと偏りの無さ)を適切にすることで、面白い意思決定をつくることができる。
手番ごとの情報エントロピーは、各選択肢の強さの偏りによって調整することができる。
創発型のゲーム(少ないルールの組み合わせで多様なバリエーションを生むゲーム)を目指すことで、メカニクスの量に対するゲーム全体の情報エントロピーを高めることが出来る。
ゲームの機能を適切に記号化することで、情報伝達効率を高めることが出来る。
言いたいこと
ゲームのコンセプトやダイナミクスの内容に対する評価は、個人の好みによるところがあり評価が難しい。
対して情報理論的な評価はある程度定量的に測定することでき、ゲームデザインの指標として一定の価値がありそうである。
情報理論を応用することで、どんなゲームにもある程度通用するゲームデザインのテクニックを体系化することができそうである。
情報理論は基本的にメッセージの内容を考慮しないため、当然ながら情報理論でゲームの全ての価値を評価できるわけではない。
今後の課題
実際に定量的な評価を行うためにはいろいろな課題が残っている。
メカニクスの量をどう測定するか?
ダイナミクスのバリエーションをどう測定するか?
情報伝達効率を測るさいに、何をもって情報がプレイヤーに伝わったとするか?
…などなど
想定されるゲームの展開を確立論的に評価するというアイデアはゲーム理論との共通点があり、接続が可能だと思われる(が、今回の記事ではあまり考慮していない)。
参考資料
以上。最後まで読んでいただいてありがとうございました。
ここから先はおまけの有料部分となります。
この記事の内容をもとに流行予想と、例えばこんなゲームが面白そうだという話をチョロっと書かせていただいものだ。文字数を見ればわかる通り、あくまでおまけなので、投げ銭の気持ちでご購入いただければと。
ここから先は
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?