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第四章 コンプレックス?(宮田勇樹)(5)
さすがに少しは反省したかなと思って蓮君を見たら、すでに本を広げて読んでいた。
ん? それって日進研のテキストじゃないよね。首を伸ばして覗き込んだら、「世界の国243」という大人向けの図鑑だった。
「蓮君、それどうしたの?」
蓮君は僕に顔を向けると嬉しそうに答えた。
「これはね。誕生日にお父さんに買ってもらった本だよ。すごく面白いんだよ」
「へえ」
「しかもね、243って数がすごいって思わない?」
「国連加盟国はたしか193か国じゃなかったっけ?」
「そこじゃないんだよ。243って数だよ」
「だから自治政府とかも載ってるんでしょ」
蓮君は重大な発表をするかのような顔で言った。
「なんとね、243はね。3の5乗なんだよ」
「ああ、そういうこと」
蓮君がなにかすごいことを言いたいときには「なんとね」が口癖だ。でもいままで「なんとね」のあとに、本当にすごい情報を聞いたことはない。
「これって、すごくない?」
「別に。ところで世界地理って今回の試験範囲だったっけ?」
「とにかくこの本はすごいんだよ。宮田君はシオラレオネ共和国って知ってる?」
「聞いたことはあるけど、どんな国かは知らない」
「それがね。この国の国旗って、僕の一番好きなファミリーマートそっくりなんだよ」
そう言って蓮君は図鑑を僕に見せてくれた。たしかにシオラレオネ共和国の国旗はファミマそっくりだ。
「僕はね、ファミマのファミチキが一番好きなんだよ。だからなんかシオラレオネに親近感を覚えてね」
そう言えば蓮君、お弁当の時間は必ずファミリーマートに行ってファミチキとメロンパンを買ってくる。毎回そうだ。よく飽きないものだと思う。
きちんとしたお弁当を作ってもらえないのかと思っていたら、蓮君がお父さんとお母さんに頼み込んだらしい。蓮君は極度の偏食で、気に入ったものしか食べられない。だから蓮君にとって、ファミマのファミチキやメロンパンはご馳走なんだって目を輝かして言っていた。そう言えば、僕の家に来たときもコーンフレークを食べていた。
「この国はダイヤモンドが採れるから内戦が起きてね。紛争ダイヤモンドって言うんだって」
蓮君は楽しそうに、いろいろと語り始めた。
「そうそう、ダイヤモンドってね、炭素が共有結合したものなんだってさ。あんな透明なピカピカしたものが鉛筆の芯の黒鉛と同じ成分なんて考えられないよねえ」
「そうだね」
「ちなみにダイヤモンドの融点って、何℃か知ってる?」
「知らない」
「なんとね、3550℃なんだって。鉄の融点なんか目じゃないよね。それでね、3550℃になって溶けたら、もう別の物質になるんだって。そしてもう元の物質には戻らないんだって。すごいよねえ」
蓮君は大きな黒目がちの瞳をキラキラさせながら言った。物知りの蓮君の話は、いつもなら面白いんだけど、数日後に公開模試があるので、聞いてばかりもいられない
「それでね、ダイヤモンドと黒鉛って同素体って言ってね……」
「ちょっと蓮君」
僕はあわてて蓮君の話を遮った。
「蓮君はさあ、いまここになにしに来てるの?」
「勉強をしに……」
「じゃあさ、ダイヤモンドとかシエラレオネ共和国とか、今回の試験範囲だったっけ?」
蓮君は首をかしげて答えた。
「違うと思う」
「六年生最初の公開模試まで、あと五日だよね。それに一年後、僕らは受験だよね。のんびりと図鑑を読んでる時間はないと思うけど」
「たしかにそうだね」
「蓮君が物知りなのはわかるけどさ、僕たち一緒にKS中学を目指すんだよね。蓮君はまだR4偏差値足りてないよね。だったら、公開模試で1点でも多く点数を取る努力をするのが最優先だって思わない?」
「ごめん」
蓮君は目に見えてしょげ返った。
「僕は蓮君を責めてるわけじゃないんだ。ただ一緒にKS中学を目指すのなら、もっと真剣に頑張ろうよって言ってるだけだよ」
「うん」
「五年後期で、蓮君が僕に勝ったことって一回もないよね。このままだと僕は蓮君のことをライバルとして見られなくなるかもしれないと思う。だって蓮君、最近僕に負けても全然悔しがらないじゃん。まさか、負けるのが当たり前って思ってないよね?」
言ったあと、言い過ぎたと思った。でも、これくらい言わなきゃ、少し鈍い蓮君には通じないんだ。
「ねえ、宮田君」
「なんだい?」
「僕はね。たしかに宮田君には全然勝てないよ。でもね、僕はいま楽しく勉強できてるんだよ。新しい知らないことを知るのが楽しいんだよ。人に勝つよりそっちの方が大切かなって思って……」
蓮君の言い方に僕はイライラしてきた。だれだって楽しいことはしたい。でも受験がある限り、楽しいことばかりはやっていられない。嫌いなことでも受験の範囲なら勉強しなくちゃ点数が取れないじゃないか。楽しいことのほうが大切なわけがない。
いままでは蓮君と楽しく話せていたのに、最近では蓮君の一挙手一投足が鼻につくようになってきた。これが六年生になったってことなのかもしれない。蓮君は友達であると同時に、同じKS中学を目指すライバルなんだ。
「じゃあ、蓮君は自分の楽しいことをやっていればいいよ。僕は僕で勉強するから。そのかわり、人に迷惑はかけないでね」
「いや、そんなつもりで言ったんじゃ……」
蓮君が弁解するのをあえて無視して、僕はテキストに目を落とした。こんなところで議論をしたって意味がない。僕にあるのは、いかにして点数をもぎ取るかってことなんだ。
横目で見たとき、蓮君が寂しそうな顔をして「栄冠への翼」を解いているのが見えた。
(続く)
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