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第六章 ムカつくやつ(村上葵)(10)

 四月初めの公開模試。
 その日私は朝から体調が悪かった。低気圧なのか、頭がずきずき痛む。早く起きなきゃと思うのだけど、ベッドから出られない。
「どうしたの? 体調悪いの?」
 気づくとママが不安げに私の顔を見つめていた。
「どうする? 今日のテストは休む?」
 時間を見ると、遅刻ぎりぎりの時間になっている。私は勢いよく立ち上がった。
「ううん、午前中だけだから、頑張って受ける」
 ママは念を押すように言った。
「無理しなくていいのよ」
 本当はあの蓮の後ろの席にいるのがいやだった。今回の公開模試は実力を出し切って、宮田君には勝てないとしても、蓮には勝ちたい。そのためにはいくら頭が痛くても、テストは受けるしかない。私は痛い頭を押さえながら、塾に向かった。
 塾に着いたら、ほとんどの子が来ていて、前の席しか空いていなかった。前のほうの席には、蓮が座っていて宮田君になにか話しかけている。隣のテーブル、しかも蓮の隣の席しか空いていない。テーブルは違うものの、こいつの隣はいやだったけど、仕方がない。
 窓から外を見ると雨がぽつぽつと降っている。鼠色の雲が空を覆っていて、気分まで滅入りそうな、どんよりとした天気だった。
 私を見た蓮が、「あっ、村上さん、おはよう」と能天気な声を上げた。隣の宮田君が苦笑しながら、私に目であいさつした。宮田君もいるので、さすがに無視するわけにはいかず、私は小さな声で「おはよう」と言いながら席に座った。
「それでね、エムス電報のせいで、プロイセン=フランス戦争が起こったんだよ。これはね、普仏戦争って……」
 蓮がしきりに宮田君に話しかけている。宮田君はその蓮の言葉に、ニコニコしながら、いちいち相槌を打っている。それって、世界史だし、今回のテスト範囲ともまったく関係がないじゃん。
「ドイツ諸邦もプロイセン側に立って参戦したんだよね。それで独仏戦争って言われたり、フランス側では1870年戦争って言われたりするんだよね。でね……」
 蓮の耳障りな声が頭に響いてずきずきする。もう我慢の限界だった。
「ちょっと静かにしてくれる」
 私は蓮に向かって言った。
「あっ、ごめん」
「いまがどういう状況かわかってる? テスト前なの。それなのに、試験に関係のないどうでもいい内容をグダグダ隣で聞かされる人の気持ちにもなってよ」
 驚くほど私の声は尖っていた。
「ごめん……」
 蓮はみるみるうちにしょげ返った。その姿も、いまの私にはイライラする。
「周りを見て。あなただけでしょ、どうでもいいことをペラペラ喋ってんのは。少しは周りの迷惑も考えなさいよ」
 そう言い捨てると、私は痛む頭を押さえながら、漢字の復習を始めた。

(続く)





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