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第四章 コンプレックス?(宮田勇樹)(9)

 蓮君はたったいまわかったような顔をした。
「あっ、そういえばそうだねえ」
 蓮君の能天気な表情と、蓮君に点数で負けたという事実に、僕はむかむかしてきた。
「なんだよ。自分のほうが点数いいくせに、すごいなんて言うなよ」
「ごめん。90番目の素数が出たから、つい……」
「蓮君は、僕のことなんて気にもかけてないってこと?」
「そんなことないよ。それに宮田君が最終問題を解けてたら、宮田君の勝ちじゃん。勝敗なんて、時の運だよ」
「勝敗なんて? 受験はそれがすべてじゃないか。なにが『勝敗なんて』だよ。蓮君の言い方は中学受験しているすべての人に失礼だよ」
 だんだん僕の声が大きくとがっていくのが、自分でもよくわかった。
「僕はそんなつもりはまったくないんだよ、宮田君。ただ……」
「ただ、なんだよ?」
 いつもは僕に言われたら黙り込む蓮君が、なぜか僕の顔をまっすぐに見つめた。
「僕はね、中学受験するからもちろん勉強してるんだけどね、それだけじゃないんだよ」
「それだけじゃないって、なんなんだよ?」
「僕はね、知りたいって思ったことを勉強したいんだよ。たとえば昨日お父さんが量子テレポテーションについて少し話してくれたんだよ。でも僕にはよく理解できなかった。だからもっともっと勉強していろいろなことをわかるようになりたいんだ」
「それは結構だよ。でも君はいま『勝敗なんて』って言ったよね。受験は勝敗がすべてじゃないか。なんか矛盾してるよね」
「たしかに勝敗は大切だし、偏差値も大切だよ。でも僕はそれよりもっと大切なものがあると思うんだよ」
「は? 偏差値の他にKSやTKに合格できる基準があるのかい? 中学受験をするなら『合格する』ってこと以外に大切なことはないよ」
「それは違うと思う」
 蓮君がぴしゃりと言ったので、僕は少したじろいだ。
「僕はね、宮田君。勉強ってのは一生続くと思うんだよ。だからね、たとえ頑張ってKS中学に入学できなくても、高校とか大学でリベンジすればいいと思う。僕はね、中学に合格するっていう小さなことだけで勉強をしたくないんだよ」
 いかにも自分だけは高尚な勉強をしているとでも言いたげな蓮君の言葉に、僕はこめかみが熱くなるような怒りを覚えた。
「はあ? いままでは散々人の点数を気にしておいて、今度は受験なんか、小さいんだって? だったら蓮君は受験をやめたらいいよ。もう僕は君と一緒に勉強する気にはならない。ライバルでもない。もう二度と僕に話しかけてこないで」
「おい、宮田。それは言い過ぎだぞ」
 後ろの席にいた浜名君が言った。
 僕は浜名君を一瞥したけど無視した。蓮君のほうを見ないように座り、何事もなかったかのようにテキストを開いた。横目で蓮君を見ると、涙ぐんだ目で僕を見つめていた。
 授業が終わって蓮君が話しかけたそうにしていたけど、僕はそそくさと塾を後にした。
 それ以来、僕は蓮君といっさい口を利かなくなった。

(続く)






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