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第一章 ライバルの秘密(吉本蓮)(6)

 宮田君は高い塀の門を開けて、広い庭のあるアプローチを歩いて行く。僕はそのあとを少し緊張しながらついていった。
 宮田君がチャイムを鳴らすと、すぐに扉が開いて、宮田君のお母さんが顔を見せた。
「蓮君ね。待ってたわよ。さあ、中に入って」
 宮田君のお母さんは僕のお母さんより身長が高くて、手足がすらりとしていた。宮田君によく似ていて、とても頭がよさそうに見える。お医者さんなので、なんだか僕は理由もなく緊張してしまう。
「食事は塾で済ませたわよね。まずはお風呂に入りなさい」
 宮田君のお母さんはお医者さんらしく、てきぱきといろいろな準備をしてくれた。僕らがお風呂からあがったときには午後十時を過ぎていた。
「じゃあ、蓮君。僕たちの部屋に行こう」
 宮田君が僕を部屋にいざなった。
 部屋に着くなり、宮田君は塾のテキストをバッグから出した。
「あ、蓮君は隣のテーブル使ってもいいから」
 そう言ったきり、今日やったところの復習をやり始めた。
「勉強するの?」
 僕が聞くと、宮田君は頷いた。
「だって、今日やったところで、できなかった部分は今日のうちに復習したいしね」
「宮田君、できなかった問題って、二問しかなかったじゃん。その二問も先生が説明してくれたよね。電車でも解説見てなかったっけ」
「うん、やり方は電車の中で確認した。でも、わかることとできることは違うしね。もう一度自分だけの力で最初からやってみるんだ」
「なるほど」
 宮田君は一心不乱に机に向かって問題を解き始めた。
 僕はなんとなく手持ち無沙汰になって、ときおり相手をして欲しくて宮田君をちらちら見たけど、宮田君はすごく集中していた。カリカリとノートに計算を書いている。
「よし、できた」
 宮田君が満足そうに呟いた。
「やっと一人でできるようになったよ」
 さすが宮田君、真面目なんだな。でも、いまのところ、お父さんが言う秘策のようなものはなさそうだ。
 宮田君がバッグから塾の宿題になっている「栄冠への翼」を取り出した。
「なにするつもり?」
「なにするって……いまから栄冠をやるんだよ」
 僕は唖然とした。
「もう十時半を過ぎてんだよ」
「そうだね。だから急いでやらなきゃ」
 そう言ったきり、宮田君は塾の宿題をやり始めた。宮田君は真面目の上に「クソ」がつくくらいだなあと思ったけど、それにしても今日で終われるような分量ではない。まさか、その日のうちに宿題やるってのが秘策のわけがないし……。
 暇なので、僕は宮田君を観察していたけど、取り立てて変わったことはしていない。
「宮田君は本当に真面目なんだねえ」
 僕が呟くと、宮田君はちらりと僕を見て言った。
「僕は覚えるのが苦手だから、こうやって工夫して、早く覚えられるようにしてるんだよ」
「宮田君、いつも完璧に覚えてるじゃん」
「そんなことはないよ。僕は蓮君のように、ちょっと読んだだけで覚えられるのを、いつも記憶力がよくてうらやましいなあ、って思ってるんだよ」
 そう言うと、再び宮田君は机に向かった。
 退屈になり、何度も欠伸をしたころに、宮田君の「終わった」という声がした。
 時計を見たら午後十一時になろうかとしていた。
「やっと終わったんだね」
 さすがに僕は眠くなっていたので、早く寝床に行きたいという気持ちになっていた。
「終わったのは問題を解くのが終わっただけ。いまから答え合わせだよ」
 まだやる気かよ、とあきれた。
「答え合わせなんて、あとでいいじゃん」
「終わった直後にやらないと、終わったことにはならないから」
 宮田君は赤鉛筆を取り出して○つけを始めた。終わったら、「二問間違ってた」と呟いた。
「二問間違いなら、できた方だよね?」
「でも、この二問が大切なんだよ。これをやり直さなきゃ」
 さすがに僕はうんざりした。
「まだやるの?」
「うん、これで最後」
 宮田君が終わったのは午後十一時半になっていた。

(続く)


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