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第六章 ムカつくやつ(村上葵)(2)

 突然、教室の中から「わかった!」という大きな声がした。
 見ると、一番前の席の子が大きな声を出しているようだった。
「そっか。茨城、北海道、熊本までは知ってたけど、4位は青森だったのかぁ……もう青森、目立たな過ぎだよぉ」
 どうやらメロンの生産量の都道府県順位を話しているらしいけど、それにしても能天気な声だと思った。
「あの子はね、吉本蓮君と言って、うちの教場じゃ隣に座ってる宮田勇樹君と並んで、いまのところうちの教場の2トップなんだよ」
 寺内先生は思いついたように手を打った。
「村上さんが入ってくれば、3トップになるね。きっと村上さんも刺激になるはずだよ」
 私は後ろから二人を観察してみた。宮田君と呼ばれた子は、たしかになんでもできそうな感じで、ちょっとカッコいい。いかにも女子が騒ぎそうな感じで、私も嫌いじゃない。
 でもさっき大声を出した吉本蓮って子は、いかにもトロくさそうで、勉強しか取り柄がなさそうな感じだ。テーブルの周りもすごく散らかっていて、テキストやバッグがいまにも落ちそうになっている。
「いつも1番になっているのは宮田君だけど、最近じゃ蓮君も頑張ってるんだよ。村上さんはこのあいだの公開テストの成績でクラス内順位は3番だったから、吉本君の隣に座ることになります」
 寺内先生の言葉を聞いて、私は耳を疑った。たしか私の偏差値は70だったはず。それより彼らが上ってことなの。
 私の怪訝そうな表情がわかったのか、寺内先生は説明した。
「そう。今回は宮田君も吉本君も、君より少し点数がよかった。でも、君は彼らに力で全然負けてないと思うから、頑張ってね」
 なんとなく自分が情けなくなった。シグマのSPクラスだった私が日進研のこんな小規模教場に来て、2人にも負けるなんて。
「あっ、蓮君それずるい」
 だれかの声がして教室を見ると、吉本蓮が照れくさそうな顔をして笑っている。だれも聞いたことないような地名を答えて、ずるいと言われているようだ。彼は「僕は地図帳を見るのが趣味だからねえ」と言った。
 なんか能天気なやつ。見ているだけで、なんとなく心がざわめき立つ。同じ学校にいたら、こんなやつ、絶対に無視するだろうなと思った。
 ふと、後ろを向いた蓮と私の目が合った。目がどんぐりみたいに大きい。蓮は一瞬驚いた顔をしたけど、授業中にもかかわらず、私に向かって手を振ってきた。
 あいつ馬鹿? 授業中になにやってんのよ。
 一斉に教室のみんながこちらを振り向き、好奇の目を向けた。
「あっ、美人だけど、ちょっとすましてる感じ」
 眼鏡で天然パーマの男子が大きな声で言ったら、教場のみんながクスクスと笑った。
 いまの私はきっと耳まで赤くなっていると思う。なんで私ってば、男子にこんな変なこと言われなきゃならないのよ。
「先生、新しい人?」
「はーい。今は授業中だよ。勉強に集中して」
 先生の声で、みんなは前を向いた。
 もう、なんなの。最低。なんであいつ手を振るのよ。
 私は手を振ったトロくさそうな蓮というやつが、一瞬のうちに嫌いになった。

(続く)





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