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第一章 ライバルの秘密(吉本蓮)(5)

 駅の改札を抜けたら、高級そうな車が駅前の道路に停まっている。車はハザードランプを点滅させていた。
「あれ、僕の家の車だよ」
 そう言って宮田君は車に近づいた。すごくかっこいい車だ。おそらく外車なんだろう。僕の家の車なんて国産の大衆車だ。こんなとこにも宮田君との違いがあるような気がして、僕はますます落ち込んだ。
 車のドアを開けて車の後部座席に乗ると、メタルフレームの眼鏡をかけた少し怖そうなおじさんが運転席から振り返った。
「こんばんは、蓮君」
 急に声をかけられて、僕はどぎまぎした。
「あ、あ、僕……」
「蓮君だよね。お父さんから聞いているよ」
 宮田君のお父さんが微笑んだ。怖そうな感じに見えたけど、笑うと目尻が下がって宮田君に似て優しそうな表情だ。
 宮田君がくすくす笑いながら僕をつついた。
「蓮君なに緊張してんだよ。僕のパパ」
「は、初めまして。吉本蓮です」
「勇樹の父、宮田俊樹です。じゃあ、うちに帰ろうか」
 そう言って宮田君のお父さんはすぐに車を発進した。
 車が走り出すと、僕は宮田君にささやいた。
「いつも駅にお父さんが迎えに来るの?」
「いやあ、今日はたまたまだよ。ちょうど近くまで用事があってね。それに暗くなったし」
 げ。地獄耳だ。宮田君のお父さん。僕は「はあ」と答えるのが精いっぱいだった。
 宮田君のお父さんはそんな僕の気持ちにはお構いなしで、僕に話しかけてきた。
「蓮君のお父さんとは長い付き合いでね。あいつ、スポーツはからきしだったけど、頭がよくてね。いつも学校の成績じゃ、勝てなくて悔しい思いをさせられたもんだよ」
 え? 宮田君のお父さんはお医者さんだから、お父さんなんかよりずっと頭がいいはずでしょ。
「僕のお父さん、勉強が得意だったんですか?」
「うん。いつもトップクラスの成績。たいして勉強しないくせに、いい点数取ってくるもんだから、当時は腹が立ったものだよ。私にはどうしても勝てない兄がいてね。吉本はその兄にそっくりで」
 宮田君のお父さんはそう言うと、愉快そうに笑った。
「最終的には医学部だから、お父さんには勝ったんですよね?」
「いや、大学のセンター試験では、あいつに点数でも負けていたなあ」
「でも僕のお父さんは工学部ですよね?」
「そうだね。先生が医学部を勧めたら、君のお父さんったら『医者なんて絶対になりたくありません。だって俺は病院が大の苦手なんです。あんなところに一日中いるなんて耐えられません』って言ったそうだよ。同級生たちは、俺もそのセリフ言ってみたいよ、なんて冗談で言っていたよなあ」
 いつも軽口ばかりたたいているのは変わっていないけど、なんだか僕の考えているお父さんのイメージとはだいぶ違う。
「いまの僕のお父さんとだいぶ違ってたんですね」
「違わないさ。吉本は吉本さ。このあいだ電話したときも、全然変わっていなかったよ。本当に面白いやつで……」
 宮田君のお父さんは昔を懐かしむように呟いた。
「おっと、ここだ」
 宮田君のお父さんはそう呟き、大きな屋敷の前で車を停めた。僕と宮田君を車から降ろして、宮田君のお父さんは言った。
「それじゃ私はまだ仕事が残ってるから、二人は家に帰っていなさい」
 宮田君のお父さんはすぐに車を走らせて行った。
 宮田君が驚いたようにひとりごちた。
「いつもはパパ、あんなに喋らないんだよ。なんだかすごく懐かしそうだった。でもパパの別の一面を見たみたいで不思議な気分だった」
「僕もお父さんが勉強できたなんて、ちっとも知らなかったよ。いまは冴えないサラリーマンだけど」
「蓮君のお父さんが冴えないわけないじゃん」
「そうかなあ……」
「だって、あのパパがあんなに楽しそうに話すんだよ。きっとすごい人に決まってるよ」
 宮田君に褒められて、なんだかむず痒いような気分になった。

(続く)


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