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第七章 中受地獄(白石真央)(1)
お父さんから超難関校の合格を目指せと言われて、中学受験に挑む白石真央ちゃん。
でもお父さんは過度に勉強に干渉してきて、気の休まる暇もありません。
やがて真央ちゃんは受験に嫌気が差していきます。それどころか……。
今日も一日が終わった。
日進研からの帰り道、私はそう思った。いや、これから始まりかも知れない。今日お父さんの帰りは早いかもしれないのだ。
今日のお父さんからの宿題は、ND中学の算数の過去問題だ。
塾の自習室で、シグマから転塾したばかりの村上葵さんに教えてもらったからよかったようなものの、この問題が解けなかったら、家に入れないところだった。
きっとお父さんは帰宅して、私を待ち構えているだろう。この問題を私が解けたかどうか、必ずチェックするのだ。できていないと、何時間でも私をなじる。
そして、おまえは白石家のゴミだ、出ていけ、と言って家から出される。先週は二時間ほど外にいたところで、お母さんが中に入れてくれたけど、次にこんなことがあったら、ただでは済まないかもしれない。
私は重い足取りを引きずって、家路についた。
家に帰ると、やはりお父さんが待ち構えていた。私を見るなり開口一番に言った。
「今日出したND中学の過去問はできたのか?」
お母さんはお父さんの隣に立って、無表情のまま宙を見つめている。
「はい。なんとかできました」
お父さんは少し頬を緩ませたが、すぐに黒縁眼鏡の奥から厳しい目を向けた。
「まさか、先生に聞いたんじゃないだろうな?」
「聞いてないです」
どぎまぎしながら答えた。友達に教えてもらったなんて言ったら、ただでは済まない。
「じゃあ、私の見ている前でやってみなさい」
私はお父さんに言われた通りにバッグを脇に置き、バッグからノートを取り出して、テーブルの上に置いた。それからノートを開き、先程村上さんに教えてもらった解法で問題を解いて見せた。
「ほう。よく解けたな」
ようやくお父さんが感心したように目を細めた。
「ちょっと時間はかかってしまったけど」
「時間はかかっても仕方がない。自分の力でやったということが重要なんだ。考えているうちにいろいろ勉強になっただろう?」
なにが勉強になったのか、私にはよくわからなかったが、とりあえず話を合わせて「はい」とだけ言った。
「よし、今日は終わりだ。もう寝なさい」
安堵した。今日はなんとか切り抜けた。私は身を翻して、自分の部屋に行こうとした。
「待ちなさい」
お父さんの声に私の背筋は凍りついた。もしかしたら、村上さんに解法を聞いたことがばれてしまったのかも。私はおそるおそる振り向いた。
「言わなくてもわかっているだろうが、真央には絶対にKO中等部に合格してもらわなければならない……」
ND中学の問題のことではなかったので、私は心中で胸を撫で下ろした。
「そのためには今以上に勉強しなくてはいけないのだ」
「はい」
ここで「わかってます」などと言おうものなら、「なにがわかっていると言うんだ?」などと言われて、大変な目に遭うことはわかっていた。お父さんにはできるだけ逆らわない。「わかってる」などと知ったふうなことは言わない。これは私が中学受験を始めて身につけたことだ。
「ところが君の成績はまだKOに合格するレベルに達していない。だからいま以上に勉強しなくてはいけないのはわかっているよね?」
「はい」
「わかっているならよい。ただ、何度も言っていることだが、君がKOに合格しなかった場合、お父さんは君になにをするかわからないから、死んだ気になってやりなさい」
(続く)
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