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第四章 コンプレックス?(宮田勇樹)(11)

 伯父さんは困ったように「うーん」とボサボサの頭を掻きむしった。あたりに白いふけが飛び散った。
「おまえは実にショボい理由で勉強してるんだな。じゃあ訊くが、おまえは仮に医者になったとして、そのあとは勉強しないのか? 医者になるのが目的か? それともおまえは、東大に行くのが目的か?」
「ずっと先のことだから、そこまで考えたことはないよ」
 伯父さんは煙草を一口吸ってから、まずそうに煙を吐き出した。
「いいか、勇樹。よく聞け。勉強するってのはだな。モノクロの人生にカラーをつけるためなんだぜ」
 僕にはさっぱり意味が解らなかった。
「絵のことを言われても僕にはよくわからないよ」
「絵の話じゃない。人生の話だ。たとえばおまえ、なんで空が青いか知ってるか?」
 僕はぐっと言葉につまった。
「聞いたことはあるけど、よくは知らないよ」
「じゃあ、なんで夕日がオレンジ色なのかも知らないよな?」
「うん」
「勉強ってのはだな。人生に色をつけるんだ。勉強することによって、なんで空が青いのか、夕焼けが赤いのかが理解できるようになる。じゃあ、色ってなんだ。光ってなんだがわかるようになる。そのへんがわかってくると、じゃあ赤外線ってなんだ、紫外線ってなんだ、っていろいろなことが疑問に思えてくるけど、勉強してだんだんわかるようになってくる。そうすると、モノクロで始まったおまえの人生に、少しずつ色がついていくんだ」
 伯父さんはいったん息をついてから僕を再び見つめた。
「勉強することによって、いろいろなことを知る。そのことによって、この世の中のあらゆることが解決していく。ああ、だから雷が落ちるんだな、とか電話の仕組みはこうなってるんだ、とかな。それがわかってくると、いままでうすぼんやりとしか見えていなかった事柄がよく見えるようになる。つまり、くっきりと色がついていくんだ。それはたまらなく楽しいことだ。だから人は勉強するんじゃないか。中学受験なんてちっぽけな理由だけじゃない」
 なんとなく伯父さんが蓮君と同じようなことを言っているように思えた。
「僕の塾の友達に、伯父さんと似たようなことを言う子がいるけどさ」
 伯父さんは「ほう」と呟いて、感心したような顔をした。
「そりゃ、いい友達だな」
「それがこのあいだちょっとやり合ってさ」
「なにがあったんだ?」
 僕は蓮君と似たようなことを言う伯父さんに、蓮君との喧嘩のいきさつを話した。伯父さんは首を傾けて黙って聞いていたけど、話が終わると、煙草の火を消した。
「それはおまえもわかってるはずだよ」
「なにが? 僕には蓮君の気持ちがわからないよ」
「蓮君の気持ちじゃない。勇樹、おまえの気持ちだよ」
「僕の気持ち?」
「ああ、わかってるはずだ。おまえは、自分より蓮君のほうがすごいって思ってるんだ。蓮君にコンプレックスを持ってるから、蓮君の言うことにいろいろと腹を立てるんだよ」
 僕は伯父さんの言葉が信じられなかった。
「僕が蓮君にコンプレックス? そんなわけあるわけないじゃん。僕は五年生のあいだ、ほとんど蓮君に負けたことはないんだよ」
「それは点取りゲームでの話だろ。それに六年生になったら、その点取りゲームさえも負けるんじゃないかって怖がってる。だろ?」
 僕は憤然となった。
「だからあ、伯父さん。僕は蓮君に負けてるなんて思ったことなんて、一度もないよ。なに言ってるの」
 伯父さんはにやりと笑った。
「まあ、その蓮君とは仲直りしなさい。きっとおまえにとっていい刺激になるはずだよ」
 今度はママと同じことを言う伯父さんに僕は驚いた。
「そ、そりゃ、いつかは仲直りしなきゃとは思ってるけど……」
「つまらない意地張ってないで、早くしろ。そしておまえが蓮君にコンプレックスを抱いてるって素直に認めたときに、おまえは本当にすごいやつになれると思う。伯父さんも期待してんだから頼むぜ」
 伯父さんの口から、初めて僕のことを認めるような言葉が出てきたので、僕は戸惑った。
「伯父さんは僕のことを認めてくれてるの?」
「あたりまえだよ。なんと言っても、おまえには俺の血も混ざってるんだぜ。点取りゲームも結構だけど、自分はなんで勉強しているのかって、とことん突き詰めて考えてみろよ。なにかいろいろわかるかもしれないぜ」
 伯父さんは謎めいた笑みを浮かべた。
 伯父さんが帰ったあと、僕は伯父さんの言ったことを考えていた。僕が蓮君にイライラしたのは、僕が蓮君にコンプレックスを持ってるからだって? そんなわけないじゃん。

(続く)






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