![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/56830247/rectangle_large_type_2_234631af65d1df626d2c37b00a618fe4.jpg?width=1200)
カタナンケ
先日仕事の合間にインスタグラムを見ていたら、行きつけの古着屋がアップしていたボーダーのTシャツに目を奪われた。
グリーンとネイビーの2㎝程のピッチのなんの変哲も無いボーダーのTシャツだ。
レアなビンテージでも、ブランド物でもないそのTシャツを、なぜだかその時猛烈に欲しくなってしまったのだ。
値段は4900円。振込手数料含めると5200円。
その店の商品の中では安いが、一般的な古着のTシャツと比べるとやや高い。
似たようなものもたくさん持ってる。
別に買わなくたって何も困らない。たぶん買わないほうがいいというのはわかってる。無駄遣いだとまた妻に怒られる。自分でもそう思う。
しかし、一度奪われた目はなかなか取り戻せない。
あのグリーンとネイビーのボーダーのTシャツが脳裏にこびりついて離れなくなってしまった。
気を落ち着かせるため庭にでた。
エキナセア、エキノプス、クリサンセマム、アムソニアなど、梅雨入りした6月中旬の庭には夏の開花に向けモリモリ葉を茂らす植物が沢山あった。
そのうちのひとつにキク科の宿根草カタナンケがあった。
開花を待つ植物たちの中で、カタナンケが頭一つ抜け出ているようだった。すらっとした細長い葉を沢山伸ばし、その中に梅干しの種ほどの蕾をつけた茎が一本あった。その蕾は今にも開花しそうな気配があり、数日前から開花を心待ちにしていたのだ。
ふと、こいつが咲いたらTシャツを欲しいというこのどうでもいい気持ちは消えるのではないかと思った。
ここ数年花を育て始めてから、花を咲かせたい、咲くところを見たい、という欲求が、人間の三大欲求と言われている、食欲、性欲、睡眠欲に次ぐのではないかと思うほどに自分の生理現象の中で日毎に存在感を増していっている自覚があった。
手塩にかけて育てた株が、数ヶ月の時を経て咲く様は、くだらない悩みを吹っ飛ばしてくれるほどに感動的なのだ。
カタナンケは去年の秋購入したので、咲くところはまだ拝めていない。
目の前の蕾が咲けばそれがカタナンケの花と初めましてだ。
きっと何の変哲も無いTシャツのことなど一瞬で忘れさせてくれるに違いない。
欲望に、別の欲望をぶつけて淘汰させるのだ。
この様子だときっと数日のうちに、ひょっとしたら明日にでも開花するだろうから、Tシャツを買うかどうかはカタナンケが咲いてからまた考えよう。その時にはきっと物欲も晴れているだろう。
そう自分に言い聞かせひとまずその場はしのいだ。
去年の秋頃、行きつけの園芸店で聞き慣れない名前の苗を見つけ、店員に確認すると「ちょっとレアな奴です」と心くすぐること言ってくるので、パンジーやビオラを買うついでに一緒に買ってしまったのが、カタナンケとの出会いだ。
冬の間は、株元から綺麗に放射状に細長い葉を10㎝ほど伸ばしただけの状態がずっと続いた。
暖かくなってくると、放射状に伸ばす葉先をクイッと持ち上げ始めた。葉の長さも少しずつ伸ばしている。
さらに時が進むと、綺麗な放射状は保ちつつ、一枚の葉につき数本ずつ左右から突起物のように短い葉が横に伸び始めた。ちょうど蜘蛛の巣の縦糸と横糸の関係のように。
最初は木製の小さな鉢に植えていたが、蜘蛛の巣状態を保ち徐々に大きくなるにつれ、ひょっとしたらこいつには手狭かも思い、四月頃庭の隅に地植えした。
根の成長に制限がなくなったのと、一年の内で最も植物が成長しやすい気候差し掛かったことで、みるみるカタナンケは成長した。
葉先を少し持ち上げるだけだったが、葉全体を株元からどんどん持ち上げ始めた。横糸にあたる葉も、縦糸にあたる葉も同様にグングン伸びたので、蜘蛛の巣という印象はなくなり、細長い4〜50センチほどのたくさんの葉を優雅に風に揺らすまでになった。
そしてとうとう最初の蕾をつけた茎が現れたのが、ボーダーTシャツに目を奪われたのと、同じくらいのタイミングだったのだ。
この葉の量に対し、花はいくつ咲くのだろうか? 2〜3個なのか、はたまたポンポン咲いてくれるのか、それすらも分からぬまま育てていたので、先陣を切ったこの蕾に対する期待はひとしおだ。
この蕾なら僕のしょうもない物欲を消し去ってくれるはず、と願いを託したというわけだ。
それから数日経ち(その間もちろんTシャツのことは片時も忘れてはいない)、いよいよ蕾は破裂寸前のように思われた。規則的に小さなコブをつけた艶のあるクリーム色の蕾は先端から、数ミリ花弁を飛び出させている。
流石に明日には咲くなと確信し、翌朝胸を踊らせ庭に出るとあら不思議。蕾から5センチほど下のところで茎が急に曲がり、蕾はこうべを垂らせているではないか。他の葉は元気に揺れている。
原因はわからないが、植物には萎れる時間帯があるのは経験上わかっていたので、少し面食らった程度で、夕方涼しくなればまた頭を持ち上げるだろうと、心を落ち着かせた。
ところが夕方になっても状況は好転しなかった。翌朝、恐る恐る覗き込むと、状況は好転するどころか、茎の曲がった箇所から先が干からび始めてる。
垂れ下がる蕾にそっと触れてみた。すると蕾はポトッと地面に落下した。
それを見届けた僕は踵を返し、押し寄せる何かから逃げるように作業部屋に戻った。「カチカチカチカチ」と素早くマウスをクリックし古着屋のサイトを開き、グリーンとネイビーのTシャツがまだ売れてないことを確認すると、迷わず「カートに入れる」ボタンをクリックした。お客様情報は登録してあるので入力する必要はない。「タンッ」と勢いよくリターンキーを押し手続きは完了した。その間ものの数十秒。
コーヒーを一口すすり一息つく。スーッと体から何かが引いていくのがわかった。
それから一週間ほど経つと、蕾をつけた茎がたくさん現れ、梅雨真っ只中にカタナンケはポンポン花を咲かせた。
先がギザギザに割れた白い花弁の八重咲きで、花の中心部が少しだけ濃い紫色になっている。どちらかといえば気品さを感じさせるとても綺麗な花だ。
梅雨の終わろうとしている今も蕾をたくさんつけているので、夏の間も少しは咲かせてくれそうだ。
先陣を切ったあの蕾のように、咲く直前に萎れてしまう蕾も花盛りの中でいくつかあった。よくよく調べるとそれはカタナンケによくあることで、梅雨時期に起こりやすく気温が上がってくるとそういう現象は減るようだ。
Tシャツ購入へ誘う、仕組まれたかのようなあの現象。それを初めて目の当たりにした時、開花とTシャツを結ぶ張り詰めた緊張の糸はプチっとちぎれてしまったのだ。
Tシャツ欲しさにこんな美しいカタナンケを利用して、図らずも花とTシャツどちらも手に入れてしまった自分はなんて都合がいいのだと、冷静になった今罪悪感に苛まれている。純真無垢な一つの植物を自分の一時の欲望で汚してしまったような感覚だ。どんなに美しく咲こうとも、この夏はその面影は拭えないかもしれない。
雨上がりで水滴を纏ったカタナンケに向かって、「すまん」と、届いたばかりのグリーンとネイビーのボーダーのTシャツを着た僕は、胸の内で呟く。