皇帝ダリア
このところ皇帝ダリアに悩まされている。
そいつは庭の隅っこに植えられていて、今年の初めに地上部が枯れたので根元からバッサリ切り落とし、今は直径5センチほどの切り株状でカピカピになって鎮座している。
2年前の秋近所の園芸店で、ごぼうの様に細長く伸ばした茎の先に細かい緑の葉をいくつかつけた状態で売られていた。名前から察するにさぞかし派手に咲いてくれるんだろうなと、すぐに気に入り買った。家に帰り大きめの鉢に植え替えたのだがその年は1mほど背を伸ばし葉を茂らすだけで咲かずに枯れてしまった。
翌春、朽ち果てた根元から新たな芽を出しているのに気がつきすぐに庭の隅に移植した。地植えにして根っこの成長に制限がなくなったことで夏までにものすごい勢いで成長し、自分の背丈ほどになるとだんだん恐怖を覚える様になった。調べると5〜6mほどまでになるという。とすると2階のベランダまで到達するではないか。マンションの専有庭であまり目立ったことすると誰に何言われるかわからない。このままではいけないと思いノコギリで半分くらいに切り戻した。
切った断面の脇からいくつか芽を出して秋までに少しずつ背を伸ばしたが以前ほどの勢いは失った様だった。切り戻し方が悪かったのかその年も結局花は咲かせなかった。
そして冒頭で触れた様に今年の初めにまたしても根元から切り落とされたというわけだ。
1月2月と雪が降ってその時になにも防寒対策をせず放置していたので、寒さにやられ根っこから完全に死んでしまったかもと思っていたが、4月に入り他の植物たちが新たな芽を出し始めてもそいつはウンともスンとも言わないのでやはり死んでしまったのだろう。
ちょうど皇帝ダリアを根元から切った後くらいに脳梗塞で入院し、幸いにも後遺症も残らず退院した。そこからひと月の療養中は時間があったので散歩がてら園芸店に行っては気に入る苗をよく買った。そのうちの一つに「アムソニア イルストリス」というのがあった。
「アムソニア イルストリス」は丁子草の仲間で1メートルほどに背を伸ばし星型の小さな水色の花をたくさん咲かすイカした宿根草だ。春から夏にかけて咲くようだが買った時点では乾いた犬のフンの様なボコボコした茶色い小さな塊がポット苗の真ん中にあるだけだった。ここからほんとに芽が出てくるのか?うまく想像できなかったがきっと出てくるのだろう。
鉢で育てるか迷ったがひときわ期待を寄せていたのでより良い環境で育ててやろうと思い死んだ皇帝ダリアの隣が空いていたのでそこに地植えした。皇帝ダリアの亡骸を処分しようとしたがデカイぶん根もしっかり張っていて引っこ抜くには一筋縄では行かなそうだった。一応病み上がりで、しかも脳の病気なので、心臓より下に頭を持っていき、脳内の血圧を高めるのは抵抗があった。毎日軽く蹴飛ばしてればそのうちポロっと抜けるかなとも思って、しばらくそうしていた。
ワクワクしながら犬のフンのような「アムソニア イルストリス」を毎日観察していると、ちょっとずつだが表面からいくつか突起物が伸びているのに気がついた。こうなってくると毎日が楽しみになり朝起きるとまずアムソニアを見に行く様になっていた。ついでに皇帝ダリアを軽く蹴飛ばす作業も怠らなかった。
アムソニアから出る突起物の先が緑色になってきた頃、ふと隣の皇帝ダリアをみると株の根元からなんと芽が出ているではないか。最初は雑草と思ったが小さいながらもやはり雑草にはない明らかな力強さと存在感があった。去年より芽が出るタイミングが遅かっただけで株自体は死んではいなかったのだ。
皇帝ダリアとアムソニアの間隔は30cm程度。両方育てばより大きい皇帝ダリアの影に隠れアムソニアはうまく育たないだろう。
皇帝ダリアの花も見てみたかったが正直心はもうアムソニアに向いている。アムソニアの咲き誇る姿を見るには皇帝ダリアが邪魔だった。
早く処分しておけばよかったと後悔した。死んだと思って処分するのと、生きているとわかっていて処分するのとでは心持ちにだいぶ違いがある。植物といっても生き物だ。疎ましく思っていても生き物を処分、つまり殺すのはやはり抵抗がある。
かといって共存するには明らかに間隔が狭い。皇帝ダリアは根が張りすぎて移植は難しい。アムソニアもきっとすでに根を伸ばしているから今から別の場所に移植すると根が傷つき今年はうまく咲かないかもしれない。
恨めしく皇帝ダリアを見ると、乾いて色褪せた茎の脇から伸びる生き生きと輝く若芽色が眩しい。
こんなの殺せないよ・・・。
頭を抱える僕のことなどどこ吹く風、隣り合わせの二つの新芽は今日もすくすく伸びる。