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死に生が勝つ

ある日、僕のもとへ迷い込んできた死にたいは、僕の論理思考を食べ尽くして見る間に大きく育ってしまった。

死にたいの好物は豊富で、目にするもののほとんどを食べては自身を肥大化させて私を圧迫した。

屋上での椅子取りゲームに負けてついに落とされそうになったのは2021年の3月31日
僕は、正しくありたいが為に世界が嘘を吐くその日に静止画になろうとした。

結果、落ちた先はベッドの上、3ヶ月間後悔と共に閉じ込められた。

精神的服従を強いられてすっかり痩せこけた僕には、3ヶ月分の脂肪と履歴書の隙間だけが残った。

第二の人生を歩むんだと意気込む僕の影には、第二の終わりも既に決まっているような雰囲気が漂って
そうして決まったのはみんなが終わるあの日。

きっとその日までは、覚悟を決める期間ではなくて
言い訳を探す期間なんだ。

僕は僕を卒業するよ。君は君で卒業おめでとう。

そんなことを考える40℃の深夜。
浮遊感に身を包ませ僕は小籠包。

相対的汁だくは僕に幸せをもたらした。

僕はいつも僕と話にならない。

必死になだめようとしても最後には
「もういいから終わらせてくれよ」
の一言で議論は終了する。

何も言えなくなって逆ギレする僕もいる。
「じゃあもう勝手にしろ!お前がそうしたいんならすればいいじゃないか!」

とりとめのないことばかりを考えてしまうのはきっとあの日諦めたから。

一時停止と停止の違いは遥かに大きい。

もうボタンは壊れた。

寂しい。

こんな頭で最後に思うのはなにだろうか。

今のところ恐怖で、逃避衝動が半端ない。

結局最後には理屈じゃないんだ。

正しくあれなくていい。心の赴くままに。

答えは既に見つけた。いくつも見つけた。
もう裏切りはしないよと固く少年を抱き締めた。

だけど

また答えのヒントを拾ってしまった。

生きる意味がないのは明白で
生きる理由が僕にはない。

生きる理由を探すのはきっと生きるためで、
それはきっと間違ってるんだろう。

僕は証明する過程に居続けるのかもしれない。
正しくなくとも
生きる理由を探して歩こうと思う。

一生。答えの出ないままで。
鬼ごっこは、僕の敗けでいいから。

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リズムの書き遺し
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