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地元の老舗「川口糀屋」を訪ねて

先月、横浜市瀬谷区にある川口糀屋に行ってきた。

創業は文政元年(1818年)という古くからお味噌を売っている糀屋さんだ。

横浜市瀬谷区といえば、以前この区にある海軍道路までウォーキングした記事を書いた。じつは、その記事のコメントで料理研究家のいこまゆきこさんがこの店のことを教えてくれたのだ。

ゆきこさんは、味噌作りの取材で何度かこの店を訪れている。それを聞いて僕は嬉しくなった。これはもう行くしかない。

横浜市瀬谷区は、僕が1人暮らしをしていた場所でもある。

妻と一緒に車で行ってみると、店は当時住んでいたアパートから歩いて行けるほどの距離にあった。4年ほど住んでいたのに、この店の存在を知ることはなかった。

この辺りは駅からも遠く、バスは走ってるが車がないと少し不便な地域。店は住宅街の中にあり、車一台通るのがやっとの狭い道をくねくね走っていくと、雰囲気のある建物と看板が突如現れる。まさに地元の人しか知り得ない隠れ家のような店だ。

「ガラガラガラ」

引き戸を開けて中に入ると、年配夫婦の先客が1組。

店主は椅子に腰を下ろしながら、その年配夫婦と何やら会話が盛り上がっているところだった。

販売スペースはざっと6畳ほどだろうか。大人が4人いると少し狭く感じる。僕たちはその丸聞こえの会話を耳にしながら、さっそく棚に並ぶ商品を黙々と眺め始めた。

店主は9代目だという。歳は40代くらいに見えるが実際はわからない。威勢のいい声と男らしいハキハキした態度でとても若々しく見える。

お子さんが2人(確か息子さんと娘さん)いるようだが、2人とも20歳くらいだそうだ。店を継ぐのかどうかといった話でキッパリと言っていた。

「ここはもう俺でおしまい! 本人たちもなんかやりたいことあるみたいだし、好きなことやればいいんじゃないって!」

続けてこうも話していた。

「正直、この仕事あんまりお勧めできないよ! 時間も労力もかかるし、商売として割に合わないからさ」

店主の未練を感じさせない話振りに、その夫婦も少し驚いた様子だった。

糀屋さんと書いたが、店内には味噌以外にもたくさんの商品が並ぶ。

酢・醤油などの調味料、スパイス、鍋敷きやおひつといった調理器具、トリートメントやクリームなどのオーガニック美容品、ちり取りや棕櫚束子などなど。

そうした商品を眺めているうちに、先客の年配夫婦が店を後にした。

僕もせっかく来たのだから店主と何か話をしたい。しかも、ゆきこさんとの交流がきっかけで来たのだ。

間合いを見て僕は店主に話しかけた。

「暖簾に創業文政元年と書いてありましたが、凄いですね」

話のネタに困ったらまずこれだ。すると、予想外の反応が返ってきた。

「あー、全然全然!あんなの大したことないよ!」

横に手を振りながらあっさりと店主は言った。

「あまり創業何年とかこだわりすぎてもさ。そこばっか売り出すより、もっとやり方とか変えた方がいい事がたくさんある気がするよ」

何だか自分が言ったことに少し情けなくなった。同時に、店主が言っていることも分かる気がする。確かに伝統は大事だが、そればかりでは時代の変化や流行に飲み込まれ、商売が行き詰まってしまうはずだから。

それにしても、店主の態度や口調は爽快だ。

僕と妻が手作りの調理用品などを興味ありげに触ったり眺めたりしていると、話の中で店主は力強く言った。

「うちに置いてるのは関東以外で作られたものばかりだよ。九州とか東北とか、直接職人さんに会って本当に自分が納得したものしか置いてない」

そして店主から思わぬ質問が飛んできた。

「2人は職人さんか何か? 」

僕たちは恐縮しながら丁重に違いますと答えた。おそらく、僕たちが鍋敷きなどを眺めながら、さも知っている人かのように会話をしていたからかもしれない。この流れから、僕はついにゆきこさんの紹介で店に来たことを明かした。

「あぁー!!知ってる知ってる!何回もうちに来たことあるよ!この奥でいろいろ作業してたよー」

店主は、奥の作業場の方を指さしながらそう言った。それを聞いて僕のテンションは急上昇する。何だかとても不思議な感覚になった。

店主と色々な話をしている間、次々と常連さんたちが店にやってくる。

「来月6日にここでお祭やるよ!」

店主と繋がりがある飲食業界に関わるエキスパートを10人ほど呼び、ここで何やらイベントをやるそうだ。店主自らが納得して認めている方たちのようで、立候補してきた人の中でキッパリ断った人もいるのだとか。

断ったといえば、以前ゆきこさん主催の会合に講師としてぜひ来て欲しいと誘われたことがあると店主が言っていた。

「ヤダ!って言って断ったんだよ、俺」

こんなに話好きで堂々としていて、商売にこだわりを持った店主なのに。店でお客さんと話すのは好きだが、人前で話すのは少し違うらしい。それにしても、店主の「ヤダ!」という言い方がまるで子供のようで面白かった。

味噌づくりをはじめ、自分の商売にとことんこだわりをもつ。

常に毅然とした態度で仕事に打ち込んでいるからこそ、地元のファンから長く愛され続けているのだろう。

我が家もこれから味噌はここで買うことが増えるかもしれない。

ゆきこさん、素敵なお店を教えてくれてありがとうございました。

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店主の勧めで、まずは米糀みそを購入。みそをとく時、全然みそかすが残らないことに妻が驚いていた。味噌の色の割に味はまろやかで美味しかった。僕もたまに色々な具材を入れて味噌汁を作っている。次回は麦みそを購入予定。

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さりげなく味噌と一緒に購入したもの。左は国産の棕櫚(しゅろ)束子。右は82歳のおばあちゃんが1人で作っているという鍋敷き。

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棕櫚束子は、その優しい手触りに感動してしまった。これが本物だと思った。店主曰く、これは野菜を洗えるほど柔らかくて5年は持つよと言っていた。

鍋敷きはさっそく活用しているが、棕櫚束子は勿体無くて未だに触ってにんまりしているだけだ。

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