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百年文庫65 宿


三篇とも初読の作家でした。
「宿」を軸にしているけれど、イメージはどちらかといえば「漂泊」という感じ。

鳴沢先生/尾崎士郎

「今日と明日の晩だけ-明後日になればきっと払えるからね」。簡易宿泊所の常連にして無銭飲食の常習者、ナルザワ先生の恬淡たる生き様。

つかみどころのないナルザワ先生、謙虚かと思えば不思議に図々しいような、愛嬌があるようで急に一線を引かれるような、独特のキャラクター像。尾崎士郎は漠然と社会主義寄りの作家、というイメージしかなかったのだけれど、少なくともこの「鳴沢先生」においては社会主義を強く作品上でアピールする!というよりも国家という大きな共同体の隙間のひとりの市民の悲哀、という雰囲気で、逆にそれがロシア文学に通じるような気配を漂わせている。
途中までのリアルさから、最後ナルザワ先生がくしゃくしゃと屑籠に入る様で唐突に現出するファンタジー感の温度差にもびっくりした。阿部公房みたいな気持ち。

零落/長田幹彦

冬間近い北海道で出会った零落の旅役者一座に、同情の念を禁じ得ない私。自らの放浪体験に題材を取った長田幹彦の出世作。

風景描写が美しい。自分はこういう寂れた北の港町的情緒がとりわけ好きなタイプではないんだけど、それでもあはれを感じることができる描写力。
零落の一座に加わっていく結末は客観的に見ると暗い結末のように見えるけれど、登場人物の側としては意外に明るい雰囲気が漂っているところも良い。

惜春の賦/近松秋江

病床に臥せった故郷の老母に思いを残しつつ、男は遊興にふける。美しい春の風景が胸に沁みる。

春の雨の京都の、しっとりとした風情が美しい。
故郷のひなびた息詰まるような描写、それを象徴するような老母と、具体的な通りや食材に彩られた、粋で華やかな京都の対比。
近松は私小説作家として有名だそうで(今回知りました)、確かに自分のことを語る時ならではの湿度が滲み出る文章だなと思った。他人のことや架空のことを書いている時には出ない。

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