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【短編小説】夜明け前 (1362文字)

夜明け前の世界は、他のどの時間帯とも違っていた。
静けさと冷たさ、そして微かに漂う期待感が、この時間帯にしかない独特の空気を作り出している。
僕は、ベランダに腰を下ろし、手に持ったタバコに火をつけた。
紫煙が立ち上がり、夜空に吸い込まれていく。
その先には、瞬く星々が広がっていた。

「眠れなくてもいいや。」

そう心の中で呟きながら、ふと今日一日を振り返る。
いい日だったか、悪い日だったか。
思い返せば、小さな出来事ばかりだ。
仕事での些細な失敗、コンビニで新しいアイスを見つけた喜び、友人との短い電話。
特別なことは何もない、ありふれた一日。

でも、そんな日々の繰り返しの中に、僕たちは生きている。
そう考えると、ちっぽけだと思っていた自分の世界が、少しだけ愛おしく思えるから不思議だ。

紫煙を見上げながら、僕は遠い記憶の中に思いを馳せる。
子供の頃、世界はもっと広くて、大きな場所だと思っていた。
地図を開いて指でなぞりながら、「いつかこの国に行きたい」と願ったこともある。
でも、大人になるにつれて、自分の足元ばかりを見て歩くようになった。

「広い世界に行きたいな。」

口に出してみると、その言葉が夜の静寂に溶けていった。

ある日、僕はふとしたきっかけで旅に出ることを決めた。

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