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じいさんのプレステ泥棒許すまじ
10年ぐらい前に、治安悪めの団地に住むおじいさんの介護に行っていた時の話。
一人暮らしのおじいさんは、膝が悪くてあんまり歩けなくなったらしく、週2回の買い物と掃除でヘルパーを利用。
私はその1人でした。
お金にゆとりがなく、身寄りもなく、自由に外出もできないおじいさんの唯一の楽しみはプレステの麻雀。
もう何年も、一つのゲームを毎日やってる、と。
当時でも確かプレステ3だかがもう出ていて、初代プレステまだ動くんだ、と思ったのを覚えています。
近所の人がおさがりをくれたとか。
プロ雀士と対戦する設定のゲームで、ほぼ麻雀を知らない状態から何年もかけて名人を1人ずつ倒してきたと自慢げに話をしていました。
その顔は、立派な経歴を語る名士とかより一瞬かっこよかった気がします。
確かあと2人倒せば全員制覇みたいな話で、セーブデータの入ったメモリーカードがおじいさんの宝物。
私が「名人倒せました?」と聞いて、おじいさんが「惜しかったんだけどな」と答える、いつも変わらないやりとりが挨拶になっていました。
そんな日が続いたある時、たしか暑い日でした。
だいたい機嫌がいいおじいさんが、珍しく暗い顔をしています。
体調が悪いのかと話を聞くと、プレステを盗まれたと悔しがっていました。
自転車なんかはすぐ盗まれるし、暗くなるとパトカーが常駐している治安悪めの団地。
おじいさん曰く、たぶん中学生だな、あいつらよく盗んでる、と。
話すうちに、まあしょうがねえな、とおじいさんはいつもの感じに戻りましたが、なぜか私の方が受け入れきれず、ギクシャクした感じになっていたかもしれません。
おやつ代にもならない初代プレステ。売れやしないし、古い麻雀のソフト一つしかないのに中学生が使うわけでもないでしょう。
貧乏でセキュリティ概念が薄いおじいさんの部屋から、暇で何か持っていった、ただの遊び。
その後しばらくしておじいさんは入院して、すぐ亡くなりました。
歳が歳なので、珍しい話ではないです。
プレステを盗まれたこととは何も関係ないでしょう。
ただ、最後に残った夢中になれるものを盗られたおじいさんは、死ぬ前に何を思ったかな、と。
別にそこまで思い入れがあるわけでもなく、もっと昔のことを思い出したかもしれません。
でも「プレステじいさん」という一面しか見ていない私には、どうにも残念でなりません。
また「名人倒せました?」と聞いてみたいです。
多分「惜しかったんだけどな」って答えてくれるんでしょう。
あと2人、倒せる気配は全然なかったので。
じいさんのプレステ泥棒、私は今も許していません。