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阿部謹也の世界へいざなう読書案内

本日は、中世ヨーロッパ社会史や「世間」の研究で知られている阿部謹也の命日らしいので、私が読んだ限りで阿部謹也のおすすめの本を紹介していきたい。昨年、Twitter上で話題になったように、阿部の本では『ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界』(現在ちくま文庫に収録されている)が有名だが、今回選書するにあたってこの本を除外した。もちろん除外したからといって、私はこの本が嫌いなわけではない。(むしろかなり好きな方だ。)今回はあえて他の本を紹介しようと考えたからである。

①『自分の中に歴史をよむ』

阿部の自分が歴史学を学ぼうと思ったきっかけ、中世ヨーロッパや日本への問題関心、歴史の見方などがやさしい文章で語られる。もともと中学生や高校生を想定して書かれた本であるが、阿部の問題関心の原点や核心が語られているため、阿部謹也入門としても最適。阿部の先生はヨーロッパ中世史の研究者・上原専禄であったが、上原から言われた「自分にとって知らずにはいられない問題を研究しなさい」という言葉を阿部は生涯大切にしていたと思われる。

②『中世賤民の宇宙―ヨーロッパ原点への旅』

中世ヨーロッパにおいて差別されていた人々(賤民)はなぜ発生したのだろうか?という疑問から、12、13世紀にヨーロッパ世界に起こった一大変化までを考察する。『ハーメルン笛吹き男―伝説とその世界』で光をあてた賤民の問題に対しての阿部の一通りの結論がこの本の中に書かれている。自分の中の身近な問題意識を丹念に掘り下げていき、その中に大きな変化を読み取ろうとする阿部の歴史の方法がよく表れている本だ。

③『中世の窓から』

中世ヨーロッパは、人々の間の関係性が劇的に変化した時代であったということを当時の人々の生活や習慣の中から読み解いていく。この時代、人々の関係性は、ものを媒介とした贈与的な関係性から貨幣を媒介とした関係性へと変化したが、それにより生じた大きな変化を検討する。私がはじめて読んだ阿部の本であり、阿部勤也の世界にはまるきっかけとなった本。

④『歴史を読む:阿部謹也対談集』

この対談集のおもしろいところは、色川大吉、広末保などの歴史学に近い人々だけでなく、中上健次、寺山修司、山代巴など阿部とは一見遠そうにみえる作家との対談も収録されているとことだ。対談の話題は広範囲にわたり、私は、はじめてこの本を読んだとき阿部の博学さに驚かされた。他にも阿部の対談集では、網野善彦との対談『中世の再発見』、網野・石井進・樺山紘一との対談『中世の風景』などもあるが、これらは歴史研究の話題が中心であり、この本のような話題の自由さはあまりみられない。しかしながら、『中世の再発見』や『中世の風景』も多くの問題が掘り下げられていいておもしろい。阿部は対談もうまかったと言えるだろう。まったくの余談だが、個人的には、鶴見俊輔宮本常一との対談が実現していたら非常におもしろかっただろうなあという妄想をしている。(ちなみに、阿部と対談している網野善彦は鶴見俊輔と2度対談している。)

<番外編>

『狼と香辛料』

かなり前に完結したライトノベルだが、作中の雰囲気は阿部謹也の描いた中世ヨーロッパ世界に非常によく似ている。この本をはじめて読んだとき、数ページ読んで種本のひとつは阿部の本だなと感じて調べてみると、やはりそうであった。特に、代表的な土着の神様であった狼への差別意識は、阿部が生涯取り組んでいた差別や賤視の問題をよく反映している。この本は、中世の商業を中心とした話の展開から「経済小説」として読まれることもあるが、私はこの本を阿部謹也の世界を忠実に再現した「歴史小説」であると思う。ちなみにすいぶん昔になるが、アニメも放送された。


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