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南方熊楠の蔵書に稀書はなし?
以前どこかで「南方熊楠の蔵書に稀書はない」ということを読んだことがあったが、どこで読んだか覚えていなかった。それからしばらく経った先日、『近代出版研究』第2号(皓星社、2023年)の冒頭に載っている「横山茂雄ロングインタビュー 川島昭夫・吉永進一らとの交友、そして古本収集話」で紹介されているのを思い出した。(灯台下暗しとはこのことだ。)以下に該当箇所を引用したい。
(前略)
志(志村真幸):横山先生から見て、熊楠の徐署で「お、これは」と思ったのは何か記憶にありますか。
横(横山茂雄):熊楠の書庫に行って驚いたのは、珍しいものがあるかと思ったら、そういうものはまったくないんだよね。これは熊楠の神話化を防ぐためにも重要なことなので強調しておきますが、熊楠の蔵書には本当に普通のものしかないんだよね。洋書についていえば、知らない人から見たら十九世紀前半の本もあるし、大きくて立派な本もあるから偉い学者だったと思うかもしれないけれど、実際には珍しい書物、稀覯書の類はほとんどない。和書にしても、人から貰った本で後から稀少になったものはあるにしても、大半はごく普通の本。(中略)
森(森洋介):紀田順一郎が熊楠の書庫に入ったときにレファレンス・ツールとか基本図書がよく揃ってゐて、実は珍書稀書は余り無いと書いてゐましたが、その辺りはやはり見る人が見ると結論が同じになるんですね。
(敬称略)
熊楠の蔵書に関して「珍しい書物、稀覯書の類はほとんどない」と述べられている。上記の紀田順一郎の熊楠蔵書に対する所感はおそらく『ノーサイド』1995年5月号No.47(文藝春秋社、1995年4月)に掲載されている文章であろう。この号は「読書名人伝」という特集が組まれており、読書名人の1人として熊楠が紹介されている。以下に該当箇所を引用する。
熊楠の学問的方法論を支えたものは、いうまでもなく豊富な蔵書である。現在和歌山県田辺市の中屋敷町にある彼の旧宅には、約一万五千点の蔵書が保存されているが、その内容は学究の蔵書として奥行きが深いものということができる。熊楠の性格や学問から考えて、もっと偏ったものを予想していた者は、図書館のようなバランスのとれた蔵書を見て意外な思いにとらわれるに相違ない。和漢の常識的な古典と辞書等の基本的ツールはほとんど網羅されている。(後略)
紀田は熊楠の蔵書を「図書館のようなバランスのとれた蔵書」と評している。愛書家の熊楠の蔵書に対する所感が同じであるのがおもしろい。
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