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1号で終わった雑誌『遠野』について

 先日、某所で鈴木重男という人物が発行していた雑誌『遠野』を目にする機会があった。この雑誌のことは以下の記事でも紹介した佐藤健二『柳田国男の歴史社会学 続・読書空間の近代』(せりか書房、2015年)に収録されている民俗学の雑誌リストで知った。(注1)

この雑誌は『日本民俗学大系』第11巻(地方別調査研究)(平凡社、1958年)の森口多里「岩手県」でも紹介されている。以下に引用する。

遠野では、故鈴木重男氏が遠野郷土館(焼失)を設置し、大正一三年九月、雑誌『遠野』を創刊したが一号雑誌に終った。おもなる内容は「遠野から宮古島まで」(本山桂川)、「赤巾の鉦の緒に就て」(佐々木喜善)、「白髭の洪水」(鈴木重男)、「地震の揺らないといふ所」(佐々木喜善)などであった。

この雑誌は以下の記事で紹介したい橘正一の『民間信仰』(『化け物研究』)と同様に第1号で終わってしまったようである。(注2)

 森口の文章では、鈴木重男のことが述べられていないが、鈴木は『大衆人事録 関東・奥羽・北海道編』(帝国秘密探偵社、1940年)で以下のように紹介されている。(注3)

鈴木重男 県教育会理事兼主事盛岡市教育館内 電一四〇四 【閲歴】本県吉十郎長男。明治十四年五月九日上閉伊郡遠野村に生る。同三十五年本県師範卒業。大槌校訓導、土側(Kamikawa注:淵の誤記か?)小学校長等歴勤。昭和二年県教育会に入る。宗教曹洞宗。趣味土俗学、郷土史。(後略)(筆者が現代仮名遣いにあらためて、必要に応じて読みやすくなるように句読点を追加した。)

 鈴木は教育に携わりながら遠野の民俗学、郷土研究を行っており、岩手県の教育界でも重要な地位にいた人物であるようだ。鈴木は没年も分かっており、遠野郷土研究会編『遠野町誌』(遠野町、1953年)で以下のように紹介されている。

鈴木重男 吉十郎氏長男として明治十四年遠野に生れ、師範学校を卒業するや大槌、土渕等の小学校に奉職、後岩手県教育会評議員、教育会館長等の要職を経、昭和十四年五月五十八歳にて歿す。(後略)

 鈴木の簡単な経歴が分かったところで、以下に『遠野』の書誌情報を紹介したい。

書名:遠野 第一号
大きさ:約20.1cm×約13.2cm、活版印刷
印刷:大正十三年九月二十一日
発行:大正十三年九月二十七日
編集兼発行人:鈴木重男 岩手県上閉伊郡遠野町第十三地割三十一番地
印刷者:河原木市吉 岩手県上閉伊郡遠野町四六二番戸
印刷所:秀盛舎印刷株式社 岩手県上閉伊郡遠野町第十四地割三十五番地
発行所:遠野郷土館 ※鈴木の住所と同様
頁数:37頁

遠野から宮古島まで 本山桂川
赤巾の鉦の緒に就いて 佐々木喜善
旗屋の鵺の話 鈴木重男
白髭の洪水 鈴木重男
奴ふり 鈴木重男
地震の揺らないといふ所 佐々木喜善
大萩 鈴木重男
芭蕉塚の碑 子貞(鈴木吉十郎)遺稿
明治維新史料(一) 鈴木重男
雑録
 遠野郷土館況
 郷土研究会況
 岩手山いろは歌
 大手橋
 おしら様
 石器時代遺物発見追加
 日本土俗研究所
 尾崎の青出
編輯を了へて

 上記に引用した『遠野町誌』によれば、子貞は重男の父である鈴木吉十郎である。興味深いのは、遠野出身ではない本山桂川(注4)が投稿している点である。以下の記事で紹介されているように、本山は佐々木喜善と深い交流があり、遠野を訪問している。この際に本山は鈴木にも会ったのだろうか。このような縁があったので、本山は『遠野』に投稿したのだろう。

 他には気になるのは「遠野郷土館」である。前述の『遠野町誌』では、この施設について以下のように紹介されている。

(前略)(鈴木吉十郎は)郷土の貴重な資料を多数蒐集し、長男重男に受継がれて遠野郷土館の開設となった。しかしこの多数の資料も昭和二年三月遠野大火に際し大半類焼したことは誠に惜しみても余りあることであった。/尚伊能嘉矩、佐々木喜善等の諸氏はこの郷土館を中心に「遠野郷土研究会」をつくり幾多の貴重な業績を発表し、日本の郷土史、民俗学の発展に偉大なる貢献がなされたのである。

 遠野郷土館は、遠野における民俗学、郷土研究の中心であったが、昭和2年に貴重な資料と共に焼失してしまったという。どのような活動をしていたかが気になる。

(注1)佐藤健二「近代日本民俗学史の構築について/覚書 (日本における民俗研究の形成と発展に関する基礎研究)」『国立歴史民俗博物館研究報告告』165、2011年にもこのリストは収録されており、この論文はWebでも閲覧できる。

(注2)詳細は、Takashi Kamikawa「方言・民俗研究者・橘正一の発行していた『化け物研究』あらため『民間信仰』について」『草の根研究会会誌』第1号、2023年を参照。

(注3)鈴木はWeb NDL Authoritiesに収録されていない。同姓同名の人物が収録されているが、別人である。

(注4)本山については、以下の論文が参考になる。


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