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高知県の民俗学研究者・桂井和雄の民俗学以前

 先日、ある古本即売会で『読書と生活への省察』(高知市民図書館編)という小冊子を購入した。(ちなみにこの冊子は国会図書館でも閲覧できるようだ。)この冊子は高知県民図書館創立5周年を記念して1954年に発行され、高知県の人々が読書に対する自分の考えや経験を語ったものである。なぜ購入したかというと、桂井和雄が寄稿しているのをみつけたからだ。桂井和雄は柳田国男と深い交流があり、土佐民俗学会を設立するなど高知県の民俗学の発展に大きく貢献した人物として知られている。この文章が桂井の民俗学をはじめたきっかけや民俗学を学ぶ前の関心が簡単に述べられているので引用してみたい。

桂井和雄(46) 県社会福祉事業財団副会長
私の若い頃は文学本の乱読であった。特にトルストイのものから非常な精神的影響を受けた。後半生の人道主義的な考え方は北欧の文学から得たものとキリスト教の精神によるところが多い。私のある時代の詩作も人生派的にこの種の影響によったものである。民俗学をやるに至ったのも農民の生活を深くつき進んで調べて行く中に、その精神生活をなす根底に私の憧憬するナイーブなエスプリを発見共感し得たからである。最近は仕事に追われて落ちついた生活が出来ず、専門書でも資料や論文を斜に通読して一冊一冊ツン読しなければならなくなっている。後半生のページが少なくなった事と書いておきたいことがあまりに多くて整理に迷っている生活であるが、もう少し落ちついて一つの作品に涙するような感激と心の落ちつきがほしと思っている。(筆者により一部現代仮名遣いにあらためた。)

上記の文章によると、桂井は民俗学を学び始める前に詩作をやっていたようだ。下記の「四万十川地名辞典」というウェブページの桂井の紹介によると、桂井は詩壇で活躍していたようである。詩人などの芸術方面から民俗学へ関心を持った人物は、柳田国男、折口信夫、橋浦泰雄、早川孝太郎、宮本常一など多いが、桂井もその例に含まれることは気が付かなかった。厳密に言うと、以下に紹介した本の中の桂井に関する論文で少し記載されていたがすっかり忘れていた。。。

 桂井に関しては、『柳田国男以後・民俗学の再生に向けて―アカデミズムと野の学の緊張 (柳田国男研究8)』(柳田国男研究会編)に地方の民俗学の仕事の例として紹介されているが、私のnoteでも何度か取り上げたように地方の民俗学研究の動向は民俗学史研究上で現在流行っているため、今後再評価が進んでくるであろう。

 最後に余談だが、桂井とともに高知県の民俗学の発展に貢献した橋詰延寿も『読書と生活への省察』に寄稿している。読書に対する想いが簡単に語られているので最後に引用して終わりたい。

私はもう活字の中毒患者です。新刊書のページをくる時など、貧乏生活も、わずらわしい人事のことも、ごたごたした身のまわりのこともすっかり忘れています。また民俗学、地方史の資料や古本が手に入った時も同じことです。ひまさえあれば読書、いや寸暇をさいて読書、読書さえしていれば腹も立ちません。主一無適の心境ですね。

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