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中東の半導体ビジネスを取り巻く経済安全保障問題

UAEを始めとする湾岸産油国は、次世代技術・産業となる半導体ビジネスへの投資を積極的に拡大している。

8月半ばに米Financial Times紙で、サウジアラビアとUAEはAIソフトウェアに不可欠な米エヌビディア(NVIDIA)製の高性能半導体を数千個単位で確保したことが報じられ、両国が世界的なAI開発競争に参入しているとして大きな注目を集めた。同紙によれば、サウジアラビアはキング・アブドゥッラー科学技術大学(KAUST)を通じてChatGPT等の生成AIに使用されるエヌビディアの半導体H100を3000個購入した。H100は2022年にリリースされた1個で4万ドルの値が付く最先端の高性能チップであり、ChatGPTの爆発的普及と連動して需要が急増している製品である。また、UAEの技術革新研究所(TII)はChatGPT同様の独自の大規模言語モデル(LLM)としてFalconを開発しており、H100の他エヌビディアが2020年にリリースした半導体A100(1個1万ドル)を数千個確保しているという。エヌビディアの2023年第2四半期の売上は前年同期比2倍の135億ドル、純利益は同9倍の62億ドルとなり、売上高で半導体メーカートップ3の台湾TSMC、米インテル、韓サムスンに並ぶ存在に急浮上した

日本も半導体ビジネスへの熱い視線を注ぐ湾岸産油国からの投資に期待しており、今年7月に岸田首相がUAEを訪問した際には半導体・電池対日投資協力枠組みで合意し、UAEの政府系投資ファンドであるムバーダラから日本の半導体事業への投資を引き出す方針が打ち出された。また、今年10月に上場が予定されている旧日立製作所系で半導体製造装置メーカーのKOKUSAI ELECTRICに対しては、機関投資家としてカタール投資庁が5%程度出資していることが明らかになっている。KOKUSAIの時価総額は4000億円規模になる見通しであり、2018年のソフトバンク上場以来の規模となる大型IPOに中東の政府ファンドが深く関与していることになる。

しかし、そうした半導体産業の興隆とは裏腹に、中東の半導体ビジネス環境には暗雲が垂れ込もうとしている。

8月28日、エヌビディアは四半期毎の報告書において、「米国政府から、中東の一部の国を含む特定の顧客やその他の地域向けのA100およびH100製品のサブセットについて、(輸出に)追加の許可が必要であるとの通達があった」ことを明らかにした。他の半導体メーカーであるAdvanced Micro Devices(AMD)も同様の通達を受け取っており、米国政府として「中東のある国」を標的にした輸出規制であることは明確に意図されていると言えよう。

高性能な半導体は軍事兵器にも使用されるため、米国政府は以前から半導体の輸出規制をかけてきた。ロシアがウクライナ侵攻した2022年2月24日、米国政府は侵攻当日にロシアに対して半導体を含む電子部品や通信部品、航空機関連部品などの輸出を規制する制裁を発表している。2022年8月には、米国政府はエヌビディアにA100およびH100の中国向けの輸出も規制することを通達している。エヌビディアはこれを受け、中国には性能が低いA800やH800といった製品のみを販売しているという。

輸出規制の対象となった中東の国がどこかは明示されていない。しかし、米国は以前からトルコやUAEがロシア・中国への半導体輸出規制の抜け穴になっていると指摘してきた。そして9月5日には、UAEがロシアへの半導体や電子部品の輸出規制の抜け穴になっているとして、米国、英国、EUの政府高官がUAEを訪問し、同問題についてUAE政府と協議する予定であることが公式に確認されている

UAEは米国を安全保障のパートナーとして恃みながらも、ロシアとの強い関係を維持してきた。ロシアの通関統計を分析した米国に拠点を置く「自由ロシア財団」によると、UAEからロシアへの電子部品の輸出は2022年に7倍以上に増加したという。米英EUは、2023年2月にもUAEに政府高官を派遣し、これらの製品の再輸出を停止するよう要請している。

8月に新たな輸出規制がかけられたことは、米英EUの働きかけにも関わらず再輸出の問題が解決していないことを示している。AI開発において野心的な計画を持つUAEであるが、ロシアとの関係を見直さない限り、高性能半導体を始めとする先端的な技術や製品へのアクセスが制限されるリスクを抱え続けることになるだろう。

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