【めくるめく】実はそれではないもの
人はなぜ人を好きになるのか。
人を好きになるとはどういうことなのか。
人を愛したらなぜこんなに胸が苦しくなるのか。
なぜ愛されるとうれしくて愛を失うとかなしいのか。
そういう疑問への解を与えてくれることを期待して、大学で心理学の講義を受けた人はたいてい失望します。
大学の心理学では、大脳の記憶機能には短期記憶と長期記憶とがあって、感覚器に刺激を受けてから100分の何秒間は短期記憶に刺激データが保存され、そのあと長期記憶に移行される、とか、感覚器に受けた刺激が不快の感覚に変わり、それを回避する反射運動が始まるまで何秒かかる、といったことを初期に学ぶと思います。
その後、短期記憶や長期記憶を司る大脳領域はどことか、反射と非反射とでは大脳内の神経伝達はどのように異なるのかとか、大脳生理学の領域に踏み入っていくことがあります。
そんなこと知りたいのんとちゃうのに。
実はわたしも当初そのように思ったのですが、一方で、感覚器がどうとか大脳領域がどうといったことにも関心が惹かれました。
人を好きになるとはどういうことなのか。
実は、感覚器がどうとか大脳領域がどうとかの心理学は、まさにそれを解明しようとしている学問なのだと今は思っています。
おそらくは、目や耳などの感覚器に受容された刺激の信号がニューラルネットワークを通じて大脳のなんたら野に入り、なんとかいう物質が大脳内で分泌され、多幸感が醸成される。またそれが交感神経・副交感神経を刺激し、心臓の鼓動を早め、血行が促進される、といったメカニズムになっていて、そういうことがすでに心理学と医学によって解明されているのだと思います。
人を好きになるとはどういうことかのメカニズムを心理学は説明しています。でも・・・
けど、そんなんちゃうねん。
知りたかったんはメカニズムちゃうねん。
そう感じますよね。
好きになるとはどういうことか。
その質問文は、一見メカニズムを求めているようにみえて、実はそれではないものを求めています。
「実はそれではないもの」への解を与えてくれるのは、科学ではなくおそらくは文学なのでしょう。
優れた文学に触れる。心に沁みる文学作品に出会う。
それが大切なのは、科学で説明できない、コトバや論理による説明を超えた「実はそれではないもの」を人は求めるからなのだと思います。
実はそれではないもの。
大切にしたいです。