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聞く技術 聞いてもらう技術

読んだ本

感想

世の中に「聞く技術」の本は多くあると思いますが、「聞いてもらう技術」を扱った本はめずらしいです。

そんなちょっと不思議な本の感想です。

聞くの欠乏

話を聞くというのは日常のさまざまな場面で行われていることです。
それゆえに「聴く」よりも「聞く」のほうが、なくなったときに修復するのが難しい。

なぜなら「聴く」は1on1面談やカウンセラーとの面談のように、「はなす」と「きく」の役割を明確にした状況で行われることだからです。
いわば特別な状況なのです。

たとえるなら、誕生日やクリスマスなど特別な日に用意される豪華な料理と、学校や会社で1日を過ごす毎日に自分あるいは家族のだれかが作る料理の違いです。

特別な日は誰にとっても認識しやすいものです。
テレビや雑誌、街の中を歩いていると目に入ってくる。
「ああ、そろそろクリスマスだからケーキでも準備しようか」となる。

一方で普段の生活では日々の献立を考えるのも一苦労です。
「昨日はカレーだったから、今日はカレーうどんにして・・・・・・明日の弁当は卵焼きと、ええと・・・・・・」


日常の中で聞くが欠けると、人は孤独になります。
誰にも聞いてもらえない、わかってもらえない。

家族のことや友達や恋人のこと、仕事のこと、政治のこと。
世の中は難しいことばかりです。

難しいことに直面して孤独になった人は、誰かに話を聞いてもらいたくなります。
ですが、聞くことが欠乏していると、誰にも話を聞いてもらえません。

そして、話を聞いてもらえない人は孤独になり、孤独なときに人の話を聞くことはできないのです。

聞くの欠乏とは孤独が連鎖している状態のことだと感じました。

孤独と孤立

人が独りの状態を一般的には孤独と表現します。

独りの状態をもう少し分けると、孤独と孤立という2つが見えてきます。

  • 孤独とは心の世界に自分1人だけがポツンとしている状態

  • 孤立とは心の世界に悪い他人がうようよ歩き回っている状態

孤立した状態では人の話を聞けません。

少なくとも心の世界から悪い他人を追い出して、自分1人になる必要があるのです。

ではどうすれば孤立を解消できるのか。

それには安心がいるのです。
安心とは予測可能性です。

言い換えれば、大きな変化が発生しない状態でしょう。

例を挙げてみます。

Aさんは自宅の近所にあるラーメン屋が好きで毎月通っているとしますね。
そこでは、いつもお気に入りの塩ラーメンを注文することにしているAさん。
ところが、最近は行くたびに麺の硬さやスープの塩加減、具などが変わっていました。
ときには食べられないほどにしょっぱいことも。
店長に話を聞くと「今ね、色々試行錯誤中なんだ」と言われました。
次はどんな味になるのか怖くて塩ラーメンを注文できず、結局Aさんはお店にいかなくなりました。

人間関係に置き換えれば、相談するたびに「そんなこと知らねぇよ!」と突き返すこともあれば「いいね、それ! やってみたら」と快く受け入れることもある、不安定でいい加減な上司とのやりとりでしょうか。

私はこういう人が怖いです。
なるべく離れていたいと思ってしまいます。

そうなると、人は孤立し始めます。

逆に、相談しに行くと毎回建設的な意見をくれる人や、資料や提案について厳しいが的を得たフィードバックをいつもしてくれる人なら安心できます。

そういう人とつながりたいと思います。

このような予測可能性ができあがるためには、時間の積み重ねが必要です。
1回や2回では不安定かどうか判断できないだめです。

地道にコツコツと、人との時間を積み重ねていくことで予測可能性が生まれ、安心が醸成されるのです。

聞く技術の本質

聞いてもらう技術に関してはぜひこの本を読んでください。

そして聞く技術の本質とは、自分の周りの人たちが使う聞いてもらう技術にアンテナを張り巡らせ、実際に話を聞くことです。

まずはあなたから始めませんか。

聞くことと聞いてもらうことは循環しているのです。

話を聞くことで相手の孤独を和らげて、聞いてもらえたという実感が誰かの話を聞くことにつながっていくのです。

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