それはなんでもない特別な。〜Silent Snow by Neo X'mas〜

 
 この世界には、ムーンギフト、と呼ばれる特殊な力を持った人物が稀に存在する。
 本質はわからないまでも、それは小さくも大きくも、その人物が持つ本来の性質や才能に基づいた奇跡を具現化するもの、と言われていた。
 そして、ここにも、その才能を予期せずに与えられ、その奇跡を他人に惜しみなく注ぐ人物がいた。

 それは2020年の12月24日。とある小さな地方都市の一角にあった。
「さあ、できた。これが期間限定、今年のクリマスのスノードーム」
 その人物は、自らの土地に大きなスノードームを作り上げた。もちろんそれは、ムーンギフトという奇跡の所業だ。建築したわけではなかった。
「いいわね。真ん中のクリスマスツリーが柱みたいになってる」
「そう。それでね」
 寄り添う女性、妻だろうか。彼女がそういうと、男が答えた後に、パン、と手を軽く鳴らす。
 その途端。
「うわぁ。きれい」
 スノードーム。
 それは本来、片手に乗る程度の小ぶりな遊興具であり、ひっくり返したり振るなどして、中の液体の滞留効果で雪を降らせてその様子を楽しむものだ。しかし、人が何人も入れるような環境に作って仕舞えば、ひっくり返すことなど、到底不可能。しかし、そこは奇跡の所業、男の鳴らした一つのクラップで、中心に立つクリスマスツリーの根本から、ぶわっ、と雪が空に舞い上がる。下から上に降る雪。そうして全体を覆う透明の壁に沿うように今度は上から下に降ってくる。
 その明かりはクリスマスツリーの装飾だけだが、その巨大さゆえ、小説すら苦もなく読めそうだ。てっぺんの星が、煌々と、しかし優しい穏やかな光を放っていた。
「今年は少し特殊だからね。僕らを含めて10人も入れないかな」
「いいんじゃない?相変わらず、アイディアは素敵ね、柊也」
「そうかい?毎年作っていたら少しアイディアが枯渇してる気もするんだけど」
「そんなことないわよ。一年に一回しか見られないからかもしれないけど、この季節が楽しみになったのはあなたのおかげよ」
「そう言ってくれる君がいるから、僕はこういうことしてるんだよ。クリスマス、嫌いだったろ、未帆乃」
「おかげで大好きになったけどね。あなたの作る奇跡が、少しでも誰かを温めるから」
「ありがとう。よし、じゃあ、店開きしちゃおう。ミルクとお湯の準備と、作ってあったケーキは冷えてる?」
「ええ、もちろん」
「さすが。じゃあ、ぼんやり開店しようか」
「まさか、誰もこなかったりして」
「そしたら二人のデートでいいんだよ」
「……ばーか」
 柊也と未帆乃はそうやって笑い合い、スノードーム一つだけある入り口からその中に入っていった。


 二人が準備にかかって15分も経っただろうか。
 その脇を通りかかる二人の老夫婦の姿があった。
「……あ、お父さん」
「なんだい母さん」
「これ綺麗じゃない?」
「ん?…ああ、毎年この時期になると、ここはこう言ったことやっているねぇ。でも今年はなんか大掛かりな気がするなぁ」
「あ、見て。なにかカフェみたいなことを中でやっているみたいよ」
「ああ。……もしかして、よっていくかい?」
「え、でも…」
「いいよ。少し休みたかったところだ。ちょうどいいじゃないか。二人で過ごすのはもうどれぐらいだ?クリスマス。こんなことがたまにあっても」
「……お父さん」
「違うだろう。別に俺は君の父親じゃない」
「……じゃあ、あなた?」
「任せるよ」
「……ありがとう。じゃあ寄っていきましょう!暖かいのかしらね?中」
 老夫婦は、かわいらしく彩られた木製の看板がぶら下がったドアノブを回してスノードームに入っていく。壁はまるっきり透明で壁の存在などまるで感じさせない。ドアノブが空中に浮いているようだ、とその老夫婦は思った。
「失礼。ここはお邪魔してもいいのかね?」
 夫が言った。
「はい。大歓迎です。ベンチとテーブルもいくつか形を変えてご用意させていただいておりますので、お好きなところにご着席ください。お席決まりましたら、ご要望をお伺いに向かいますね」
 対応したのは柊也だった。
「ありがとう」
「あ、この中、あったかい。けど雪が舞っているのね」
「ええ、少し特殊な技術を使っておりまして。握れば雪合戦もできますし、手のひらで一瞬ですが、溶けていくまでに大きめの雪の結晶を見ることもできます。もちろん本質は雪なので溶けてはしまいますが。少し不思議なこの雪も合わせて、お楽しみください」
「ありがとうございます」
 老夫婦は、少しクリスマスツリーを眺めるように半周すると、入口とは正反対に位置する二人掛けのテーブルについた。
「本日は、足を止めていただきましてありがとうございます。こちらが、ご案内となります」
 と、未帆乃がメニューにも似た、飲み物とスイーツ、その他にも数点ある商品の一覧を提示する。が。
「どれどれ…おや、価格の表記がないようだが?」
「はい。この一夜だけ、毎年、お代はいただいておりません。先程ご案内させていただいた夫のこだわりで、いくら言っても聞かないんです。お客様は喜んでくれるのでいいのですが、困ったものです。ですが、お客様にご遠慮いただく必要はありませんよ。ケーキも飲み物もお食事も、たくさんご用意しておりますので、どうぞ遠慮なく」
「すごいな」
 夫が舌を巻いた。
「ほんとに?本当にお代はいいの?」
 妻も同様に未だ訝しげだ。
「はい。その代わり、お代の代わり言ってはなんですが、私や夫が時折お話に伺うかもしれません。その時にはお話ししていただけるとありがたいかなと」
「そんなもので良ければいくらでも」
「ありがとうございます。ではまずお飲み物、いかがしましょう。暖かいものもたくさんありますよ」
 結局老夫婦は二人で相談して、抹茶ミルクとほうじ茶を注文した。
「かしこまりました。では少々お待ちください」
 ああ、と老夫婦の夫が返事をしてくれたのを見受けて、未帆乃は小走りでスノードーム内のカウンターに戻る。
「抹茶ミルクとほうじ茶、両方ともホットですって」
「了解。なら、つけるのはこれかな」
「ええ?クリスマスにこれ?地味すぎない?」
「年齢も考慮してみた」
「……黒糖なら悪くないかもだけど」
「もちろん」
「さすが」
 抹茶ミルクとほうじ茶の湯気がやわらかく揺蕩うトレイに、黒糖の羊羹が加わることになった。


「あのー!」
 スノードーム、もとい柊也が名付けるところによればネオクリスマスと名付けられたその空間に、今度は小さな男児が二人が訪れた。背格好や似通い具合から、どうやら双子のようだった。小学校に上がったばかりだろうか。と言った年に見えた。
「はいはい!どうしたの僕たち?」
 応対したのは柊哉だ。未帆乃は老夫婦にメニューを提供しているところだった。
「これ!」
「ん?」
 そう柊哉に差し出された握り拳には何かが握られている。柊哉は膝を折って目線を同じくして、その小さな手に握られたものを受け取る。
「うん。なんだい?これ」
 その小さな手のひらからこぼれたのは、2枚の500円玉だった。
「お金…どうしたんだいこれ」
「お小遣い。ぼくらの」
「あ、そうか。で?これを僕に?何か欲しいものでもあるのかい?」
「えっと…」
「お兄ちゃ、ちゃんとお話しないとだよう。えっと、お兄ちゃ勢いだけなので僕お話ししていいですか?」
 しっかりした弟だった。
「うん。どうしたの」
「お兄さんお仕事はだいじょうぶですか?いま」
「大丈夫だよ」
「今、僕たちのお母さん、妹ががお腹の中にいて、すごく大変そうなんだ。だからこれでクリスマスプレゼントって思っても、なかなかお金がたりなくて。あちこちまわってきたんですけど、でもだめで。今日はあきらめて帰ろうとしたらここみつけて」
「……偉いね」
「ううん。お母さんがえらいから」
「二人とも、お母さん大好きなんだね」
「「うん!」」
 完全に声が揃った。気づくと、柊哉の一歩後ろには未帆乃がいた。
「わかった。じゃあ、何が欲しい?ケーキとかでいいのかな?」
「けーき!クリスマスだし!その、お金でたりそう?」
「十分だよ。じゃあ、せっかくだから準備ができるまで、なにか飲みたいものとか食べいたものがあったらお姉さんに言ってね。それは、お金いらないから。君たちのお母さんを思う気持ちがすごく素敵だから、ご褒美だと思って」
「……いいんですか!」
「いいんだよ、今日は。外寒かったでしょ。雪で遊んでもいいし、どこかに座っててもいいよ」
「遊んでいいの!?」
「いいよー。ちょっと不思議な雪だから楽しいと思うよー。あ、でも、他のお客様の迷惑にはならないようにね」
「はーい!」
「あ、あと!」
 いう間にも駆け出しそうな双子を、柊哉は制した。
「お父さんも今日は帰ってくるのかな?」
「うん!なるべく早く帰ってくるって言ってたけど、お仕事忙しいからどうかなぁ。でも帰ってくるよ!」
「そっか、わかった!ありがとう!じゃあ、あそべー!」
「「わー!!」」


 からり、からり。
 またスノードームの扉が開いた。
「あ、ようこそ。お二人様ですか?」
 対応したのは未帆乃だ。柊也はケーキの準備もしつつ、双子の悪戯に振り回されているようだ。
「はい。少しいいですか?」
「お時間は全然大丈夫ですよ。お好きなところにお掛けください。すぐにメニューお持ちします」
 来店客は、どうやら20代から30代のカップルのようだった。
「あ、はい。空いてればどこでも?」
「もちろんです」
「ありがとうございます」
「おかけになって少々お待ちくださいませ」
 未帆乃が何かを察し、メニューブックを取りにカウンターに戻ると、双子の悪戯から解放された柊哉に耳打ちする。
「多分最後になるかもだけど、今のお客さん、すごく緊張してる」
「なんでわかるんだよ」
「声でね。きっとアレ、プロポーズとかする気なんじゃないかな。手は繋いでるから告白じゃないじゃない?」
「相変わらずの嗅覚恐れ入ります」
「とんでもない。でもそうだとしたらうまくいってくれるといいなぁ。雰囲気とってもいいし」
「無責任にいうことじゃないぞ?」
「そうだけど。ね、なんか添えてあげられるスイーツない?」
「あるよ。言われると思ってもう考えてた。サーブは君ね」
「はーい!さっすが柊也」
「それはどうも」
 そういうと、未帆乃はテーブルにメニューを持って伺いに出る。
「お待たせいたしました。こちまずおしぼりと、メニューをお持ちいたしました」
「ありがとうございます……って、これ値段は…」
「当店は、今夜限り、お代をいただいておりません。年に一回、あそこにいる夫のこだわりでして」
 そう言いながら離れたカウンターで何やら準備をしている柊也を指す。
「ですので、なんでも気軽にお申し付けください」
「へぇ…おもしろい」
「ね、蓮くんどうする?あたし紅茶のシフォンケーキ食べたい」
「いいね。じゃあ僕はチョコレートケーキにしようかな。飲み物どうする?」
「んー…あったかいロイヤルミルクティーで」
「じゃあ、僕はオリジナルブレンドのコーヒーをブラックで」
「かしこまりました。少々お時間いただきます、お待ちください」
「はい」
 未帆乃がオーダを確認し戻ると、柊哉の作業は一旦段落がついたようだった。
「双子のケーキ?」
「ああ。小さいけど、二人で持ち帰って、潰れないギリギリの強度とか考えるとタルトにせざるを得ない」
「わかる」
「オーダーは?」
「あ、はい」
「OK」
 一旦作業は中断し、新たに訪れた二人のメニューに取り掛かる柊也。
 すると、未帆乃は老夫婦の元にお変わりの相談をしようかと言い始めたが、
「……未帆乃」
「ん??」
「いや、老夫婦のお代わりももちろん大歓迎だけど、あの双子さ、多分遠慮して何も頼んでこない。強制的にホットミルクでも持っていこうか考えている」
「……あはは」
「なに。笑うところか?」
「それよりジンジャーエールとかの方がいいんじゃ?」
「なら、夫婦のとこに行ったついでに雪まみれの二人を連れてきてくれ。流石に遠慮しすぎだ。子供のくせに。もっと我儘言って良い歳だろ」
「変わんないね。そういうところ」
「うるっさいな。いいから」
「はいはーい。いってきますー」
「なんかやけに楽しそうだな」
「……毎年この夜だけは、お客さんもいるけど、お仕事じゃなくてデートだもん。楽しいよそりゃ」
「……ふーん」
「あ、照れたー」
「いいから」
「はいはい。いってきます」
 言った未帆乃はまず老夫婦の元に、空きかけたカップの気遣いを見せ、ほうじ茶ラテとコーヒーのオーダーを獲得し、双子をとても楽しそうにみている二人と会話を軽く交わした後で、その後雪まみれで転げ回る双子に声を掛ける。
「おーい二人とも!」
「なに?おねえちゃん」
「なんだー」
「お兄ちゃんが、ちょっと来いって呼んでるよ。いっといで」
「んん?お兄ちゃんが?わかったいく!」
「なんだろうねー!」
 兄の俊足についていく弟。
 しかしカウンターに先にたどり着いたのは弟だった。
「なに?おにいちゃん」
「ん?なにって?」
「お姉ちゃんが、お兄ちゃんが呼んでるって言ってた!」
「……まじか。まあいいか。なんか、食べたかったり飲みたかったりしないの?お金はいいから、少し口にしなさい。あんなに暴れ回ってたら喉も渇くしお腹も空くだろう?」
「……いいんですか」
 しおらしくなったのは弟だ。
「今いるお客さんみんなそうなんだよ?君たちだけ何もないなんてないだろう。よし。じゃあ、僕も食べたいから一枚ピザでも焼こうか」
「ピザ!?すごい!」
「食べたい食べたい!」
「…最初から言いなさい。わがまま言えるの今だけだぞ。お兄ちゃんみたいになったら言えないんだからな」
「うっそー時々言うー」
 背後で老夫婦のセカンドオーダーを準備していた未帆乃が言う。
「……飲み物何がいい?」
 柊也は無視した。
「えっとね、こーら!」
「僕はジンジャーエール!」
「オッケー。できたら声かけるから、また遊んでてもいいぞ」
「ううん!ぼくここでみてたい」
「何を?」
「おにいちゃんのおしごと」
「おれ、おれも!」
「……いいけど邪魔はしないこと、いい?」
「うん!わかった!」
「わかった!」
 クリスマスイブの夜がゆっくりと訪れる。
 まだ日は暮れていくと言う時間帯。
 透明な壁の向こうに映る夕日が、聖夜の訪れをゆっくりと光で奏でていた。


 時刻は18時を過ぎようかと言う頃になった。
 流石に双子は返さないといけないのではないかと考えていた柊也だが、不意の来客で改める。
「あのー」
 その日はもう客は入れないと思っていたが、何処か訳あり気味のスーツ姿の男性の来客に対応したのは柊也だ。
「はい。申し訳ありません、本日はこれ以上の来場は…と思ったのですが、もしかして?」
「はい。多分、あってます」
「……双子ー!お父さんかー!?」
「あ!お父さんだ!なんで!」
「おとうさーん!」
「やっぱりか」
「まさかこんなところで姿を見るとは思わず。ご迷惑おかけしました」
「あ、いえいえ。そろそろ、お家までお送りしようかと思っていました。よかったです」
 言っている間に双子は父親の両足にしがみついた。
「そんなことまで、ありがとうございます」
「あ、申し訳ありません。お仕事お疲れのところ、申し訳ないのですが、あと15分ほどお待ちいただけませんでしょうか?お掛けいただいて結構なので」
「はい、それくらいであれば大丈夫ですが……この子達が何か粗相を?」
「いえいえ。そんなことないですよ。とても元気で、お利口なお子さんですね。僕の仕事を見たいと見学まで言い出してくれました。嬉しかったです」
「はぁ、ありがとうございます」
「お待ちいただく間、何かお飲み物ご用意しましょう。お代はいただきませんが、なにかご用意いたしましょうか?」
「え?いいんですか?」
「はい。今夜限定で、無料なんです。お仕事終わり、明日は金曜ですが、やっぱりビールいっときます?」
「……いいですか?」
「もちろんです。すぐお持ちしますね。おかけになってください。双子も最後になんか飲むかい?」
「こーら!」
「ジンジャエール!」
「いっしょな。OK。お父さんと一緒に待ってて」

 それから10分経ったか否か、といった時に。
「……あの、ちょっと一個だけお願いしたいことが」
 双子の父親の前に入店したカップルの男性がカウンターの柊也に声をかけてきた。
「はい、なんでしょう?」
「ショートケーキに、一本蝋燭を立ていただいて、お持ちいただいていいですか?」
「はい。お安い御用ですが…何か特別な?」
「実は……プロポーズをここでしようかと思いまして」
 と発した瞬間に今度は未帆乃が食いついた。
「本当ですか!?すごい!作りますよー!すぐです!」
「……すみません。うちの妻はこの手の話が」
「い、いえ。ありがとうございます」
「せっかくですし私たちがお持ちするんじゃなくて、彼氏さんからお持ちください。その方が水を刺さずに済むかと。でも、なんでショートケーキなんですか?」
「彼女が、大好きなんです。家族の思い出だといって。実家にいるときは毎年クリスマスはショートケーキだったと」
「なるほど。未帆乃」
「わかってるよ、柊也くん」
「さすが」
「いえいえ」
「ん…なんでしょう?」
「あ、いえいえ、一つだけお節介をと思いまして。大丈夫ですよ」
 数分して、プロポーズの小道具のショートケーキが出来上がった。1本の蝋燭が煌々と輝いて、苺がまるで輝いているようだった。
「ありがとうございます。じゃあ、いってきます」
「頑張って!」
 未帆乃が檄を飛ばした。その反対側で、柊也はもう一つのショートケーキを準備していた。

「あ、あの、かおり」
「ん……?ショートケーキ?」
「あ、ああ。いつもクリスマスはショートケーキ家族で食べるって……」
「ああ……うん。どうしたの急に改まって」
 そこで、男は彼女の目の前のテーブルにケーキを置く。
「……え……うそ…」
 その横に添えられた、指輪のケース。
「もし、よかったら、来年から、一緒にショートケーキ食べさせてくれないかなぁ、って思って」
「………蓮くん……」
「迷惑だったらごめん!断ってもらって全然!」
「………断るわけないじゃん。何いってんの。ずっと大好きだよ。これから改めて、よろしく」
 彼女の言葉の後半はもう嗚咽で判別がつかなくわからなくなっていたが、きっと彼には伝わったことだろう。
「僭越ながら、おめでとうございます」
 柊也が、もう一切れのショートケーキを置いて去る。
 最初となった、家族としての、ショートケーキ。
 老夫婦はその様を側から見てわずかに涙していたし、双子と父親も、静かに見つめていた。
 暖かいスノードームの中に舞い上がる雪の中で起こった、世界にとってみたら小さいけども、一人の人間にとってみたら大きな奇跡だった。
 
 

「申し訳ありません。お待たせしました」
 柊也が、ホールケーキの箱を持って双子と父親の席に向かった。
 約束の15分からは少しだけ遅れたけれども、それでもほとんど事情は変わらない。
 父親のビールグラスもちょうど空になったようだった。
「あ、いえ!ありがとうございます」
 父親が返答した。
「こちら、今回、お子様が希望されたケーキとなります。お母様が現在お子様を宿されていると言うことなので、そういった方にも安心して食べていただけるように、材料は選ばせていただいております。ぜひ、お子様をお迎えするに向けて、素敵な聖夜をお過ごしください。そして来年、ご縁があれば、5人でお越しくださいませ」
「ありがとうございます……えっと、こちらは普段はやっていらっしゃらないんですよね」
「はい。この特別な展示は、毎年この日だけです。普段は、あちらの建物を挟んで反対側に古民家での喫茶店をやっております。もしご興味あればそちらにもお越しいただけると幸いです」
「……ああ!そうか、ここはあのお店の反対側か!雰囲気が違いすぎて分かりませんでした」
「あ、ご存知でいらっしゃいましたか!ありがとうございます。ではそちらの方にももしよければ、奥様や娘様のお体、落ち着かれましたら、是非。歓迎いたします」
「ありがとうございます」
 と、カウンターで何かを準備していた未帆乃がやってきた。
「はい!双子ちゃん。これ、お土産あげる」
 それは小分けにされた二つの5枚のクッキーが入った小袋だった。
「え!?いいの!?やったー!」
「お兄ちゃはもう。でも、お姉さん、ありがとうございます!」
「ううん。いろんな味が全部で10枚、みんなで分けて食べてね」
「……5人分?」
 弟が訝しげに首をかしげた。
「そう。妹ちゃんの分はお兄ちゃんたちが食べていいから」
「……ああ、そっか!ありがとう!」
 ぱあっと明るくなる弟の表情。
「じゃあね!またあそびにきてね」
 そういうと、未帆乃は老夫婦が席を立ち上がりかけたのを見つけたのだろう、小走りにそちらに向かっていった。
「本当に何から何までありがとうございます」
 父親が立ち上がり、柊也に礼をした。
「いえいえいいいんですよ。今日は、特別な日でもありますから」
 そう言うと、双子の前にしゃがみ込む柊也。
「よし……じゃあ、双子よ」
「なんだ!」
「なんでしょう?」
 相変わらず利口な弟だった。
「これ、あげる。手、出して」
 言われるがままにそれぞれ手のひらを差し出す双子。そこに柊也は、そっと一枚づつ500円玉を渡す。
「え……」
 最初に反応したのは弟だった。
「……これはだめ。これはおにいちゃんのだ」
 しかし制したのは兄だった。
「ううん。これ、大事にしてあげて。今お母さん頑張ってる。妹ちゃんだって、お腹の中で頑張ってる。僕はいいから、例えば、二人にプレゼント買ってあげて。その方がきっといい」
「………いいのですか?」
 問いは弟だった。
「もちろん。君たちの、お母さんとこれから生まれてくる妹ちゃんを思う気持ちを、僕なりに大事にしたいって思ったんだ。それが、おうちに帰ってみんなで食べるケーキ、お土産のクッキーと、それと、二人がお母さんのためを思って握りしめてきたこの、お小遣い、なんだろうなって。あ、そうだ。なんなら、このお小遣いでお父さんよりもお母さんよりも早い、人生で一番最初の誕生日プレゼント、生まれた日に妹ちゃんにあげなよ。きっと喜ぶぞー」
「……ありがとうございます」
「ありがとうおにいちゃん!」
「すみません!本当にありがとうございます!」
 父親の礼から始まり最後に呼応したのは弟だった。
 それを聞いた柊也はカップルも席を立ち始めたのを確認して、双子に視線を合わせるためにしゃがんでいた姿勢を解除して立ち上がった。
 どうやら今夜の三組は、ほとんど同時にここを去るような雰囲気だ。
「……お父様。お子様、とても素敵にお育てになられましたね。すごく優しくて、びっくりしました」
「……いえ。嫁が、暖かいからだと思います」
「いいご家族です。娘様、無事にお産まれになられること、お祈りしております」
「ありがとうございます」
「さてそれじゃあ……」
 席を離れようとする老夫婦とカップルを横目に見つつ、柊也がゆっくりとクリスマスツリーの方に数歩近づいた。

「皆様、お帰りの様子なので挨拶失礼いたします。今夜はご来店いただきましてありがとうございました。最後にちょっとだけ不思議な景色をせっかくの思い出に添えさせていただければと思います」
 そう言うと一拍待って、柊也が、一度だけ、拍手をした。
 ぱん、と言う音とともに。

 クリスマスツリーの根本に溜まっていた雪がドームの天井まで、勢いよく、しかしふわりと舞い上がった。

「あら綺麗」
 老夫婦の妻がこぼす。
「……綺麗……」
 普段であればなかなかありえない、雪が優しく舞い上がり続ける光景に、プロポーズを受け止めた彼女もそう漏らす。
「わー。おにいちゃんどうやったんだ!?」
 双子の兄が声をあげる。
 そんな時に、舞い上がった雪が、透明の壁に沿うようにゆっくりと舞い降りてきた。
「うわあ……ゆきだ……」
「綺麗だのう」
「……そうですね」
 老夫婦と彼氏が呼応した。
「……では、皆様お帰りのタイミングでしょう。もちろん、お会計はございません。順番にお出口までご案内致します」
 そう言うと、透明な扉の前に柊也が立つ。
「お帰りはこちらとなります。今年も良きクリスマスをお過ごしください。足元、お気をつけて」
 そこで柊也が、彼と彼女、そして老夫婦の手元にもたれたクッキーに気がついた。
(……まったく)
 しかしそれに関してはおくびにも出さず、扉に一番近かった双子家族から送り出す。
「本当に、ありがとうございました」
 父親が、深く頭を下げた。
「いえいえ、いいんです。お二人とも、ご両親の優しさがそのまま育っているように感じました。貴重な体験、こちらこそありがとうございます。繰り返しにはなりますが、来年はぜひ、娘様とお母様も一緒に」
「はい。すぐ近くなので、必ず来年の12月24日、お伺いさせていただきます」
「ありがとうございます。普段であれば反対側で」
「はい。そちらもぜひ」
「周辺のお客様に多いので、乳幼児用のメニューもありますので、よければお気軽に」
「本当ですか!?ありがとうございます。妻も助かるかと」
「お手伝いできれば幸いです。ぜひまた、お越しください」
「はい、ありがとうございます。ほら二人とも、お兄さんに挨拶」
「おにいちゃん、ありがとー!!」
「本当にありがとうございました!妹のプレゼントちゃんと考えます!!」
「いいお兄ちゃんになるんだぞー」
「おう!」
「はい!」
「ははは……では、失礼しますね」
「はい。まだ夜としては浅い時間です。奥様も娘様も交えて、良い聖夜を。ささやかですが、そのケーキがなにかお手伝いできれば幸いです。また是非お会いしましょう」
「はい。ありがとうございました」


「お兄ちゃん、ありがとね。お茶もお菓子もおいしかったわ。特に黒糖の羊羹でしょう?あれは絶品。素晴らしかったわ」
「そうですか!ありがとうございます。お口に合いまして何よりです。あれは妻の考案でもあります」
「じゃーん!そうなんですよー。発想は私です!」
「そうなのか。ほんといいコンビだな」
 夫の方が感心したように言う。
「昔の私たちみたいね」
「だなぁ」
 としみじみとする夫婦。
「改めて本日は、ご来店ありがとうございます。足元、お気をつけて」
 柊也が首を垂れる。
「こちらこそありがとう。おかげで何十年かぶりに二人で過ごせたクリスマスが素敵になったわ。またきますね」
「ああ、素敵な時間だった。ありがとうお二人とも」
「恐縮です」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、また来年、かな」
「あ、ご存知ですか?古民家喫茶」
「あ、ええ。入ったことはないのだけれど」
「あれ、うちなんです。普段そっちやってますのでよければお尋ねください」
「あ、ああ!そうなの!?」
「そうです。普段そっちなので、よければ。先程の羊羹もありますよ」
「わかったわ!今度お邪魔させていただくわね!」
 どうやら妻の方はかなり乗り気なようだ。
「どうぞお気軽に。では、本日はありがとうございました」
「こちらこそありがとう」
 そう、夫の一言を残して、老夫婦が去っていった。


「……あの」
 退店間際、彼氏が柊也に声をかけた。
「はい?」
「本当にありがとうございます。こんな決心を、まさかこんな素敵な空間でさせていただけるとは思っていませんでした」
「いえいえ。とんでもありません。むしろそんな、人生で大事な思い出となるタイミングに当店をお選びいただけるとは。本当にいただきありがとうございます」
「いやもう本当に、彼女が気に入ってしまってて」
「本当に素敵です。この空間も、お二人も。自分たちも、お二人みたいな夫婦になりたいです」
 そう言われると、柊也は少しだけ後ろ頭を掻きつつ言う。
「……素敵ですね。自分たちが模範になれるとは思えませんが、自分的には、彼女は理想的な妻だなとは思います。見事に見抜かれちゃいましたね」
「あ、さっきちょっと奥さんと立ち話したんですけど、同じこと言ってました、もったいないって。いいなぁ。ね、こんなふうになろうね?」
「そうだね。そんなふうになれたら素敵だね」
「ありがとうございます。なんか、例年感じない恥ずかしさですね」
「なになに!何話してるの!?」
 嫁乱入。未帆乃が柊哉に勢いよく抱きついてきた。
「ああ、お二人の雰囲気がすごくいいので、こうなりたいねって話を」
 彼氏がフォローする。
「ほんと!?でもこの人普段はめっちゃ無愛想だよ?家事もしないしー」
「それは申し訳ないと思ってるよ。って言うかここで暴露しなくても」
「えへへー」
「未帆乃、酔ってるのか?」
「酔ってませーん。お二人とも、本当に幸せになりましょうね。せっかくここで生まれた縁、大事にしてもらうととっても嬉しいです」
「はい。お二人みたいに幸せになります」
「……うん。大変なこともあると思うけど、大丈夫だから。愛してれば、愛し会えてれば、大丈夫」
「……いいこと言うじゃんか」
「柊也くんのせいですー」
「うっさいな」
「あははは……」
 ひとしきり談笑があった後に、柊也が切り出す。
「あ、それでは、水を差すようで申し訳ございませんが、お時間もありますでしょうし、残りの今日、初めて迎える明日、お二人で大切にお過ごしください。本日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。差し出していただいたショートケーキ、本当に大切になりました。ありがとうございます」
「ありがとうございます。足元お気をつけて、お帰りくださいませ」
「はい。本当にお二人とも、ありがとうございました。おかげで指輪もらえました」
「よかったね!でも渡した勇気もすごかったよ!どきどきしちゃった」
「ははは。照れるなぁ。あ、では、失礼します」
「「ありがとうございました」」
 柊也と未帆乃が声を揃えて言うと、二人は丁寧に扉を閉めて去って行った。

「今年はこれで終わりかなぁ」
「終わらそうかね。もしお客様来たらそれでもいいけど」
「終わらすの?まだ時間的には早いけど」
「まあ、24時まではやってるけどね……未帆乃」
「ん?」
「お客さん来たらそれでもいいけど少し、二人で過ごさない?」
「……あー。甘えん坊だあ」
「うるさい」
 
 人々の聖夜が暮れていき、けれどそれは寒ければ寒いほどに、その誰かの温もりを感じられる夜となる。
 直接的に肌でなくても。
 言葉でなくても。
 想いだけでも。
 大切な誰かから与えられる熱に、不正解はない。
 与えてくれる人がそばにいてくれる、ということ。
 降り積もる冷たい雪に触れて、思い出すだけのぬくもりでもいい。
 それは、大切な、大切なあなたの想い。

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