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ジブリ版の『思い出のマーニー』はちょっと難解


 『思い出のマーニー』のネタバレ全開です。






 はーい、テツガク肯定です。

 前回、『思い出のマーニー』は。
 記憶ってガラスの靴で、意識のボソンジャンプをする話。
 そういう話をしましたが。


 初めて私がこの作品。
 ジブリ版の映画を観た時は、全く理解できませんでした。
 理解以前に、「なんか変」と思ったのが正直な感想でした。

 変と感じたのは種明かしのタイミングです。
 彩香さん一家が引っ越してくる。
 そこで思い切り白けました。

 その瞬間、マーニーさんはいない。
 少なくとも今は絶対にいない。

 そう、7割ほど決定してしまったからだと思います。
 その後にサイロの場面を出されても。
 いやいや、マーニーさんいないでしょ、となっていました。


 でも、こんなやり方ある?
 とも思いました。
 結末を知った後だとなおさらに。

 それで、気になってWikipediaを見たのですが。
 原作とジブリ版は展開が違うようです。

 Wikipediaのあらすじの引用ですが。

 アンナは、初めてできた親友に裏切られたと激しく怒り、悲しんだが、アンナが湿地屋敷へ行くと、窓の内側にいるマーニーから突然の別れを告げられる。マーニーは部屋に閉じ込められており、明日になるとどこかに連れていかれるのだという。

 マーニーが、アンナが大好きだ、置き去りにするつもりはなかったと叫ぶと、アンナは、やはりマーニーは自分を大好きなのだと感じて彼女を許し、マーニーが大好きだ、絶対に忘れないと叫び返す。激しい雨が降り、窓の向こうにいるマーニーは見えなくなる。するとアンナには、まるで屋敷が最初から無人であったかのように見えた。

マーニーと別れたあとのアンナは、少しずつ人に心を開くようになり、湿地屋敷に引っ越してきたリンジー家の人々と友人になる。



 その後のリンジー家が屋敷に引っ越してくる。
 ジブリ版の彩香さん一家だと思います。

 サイロ(風車小屋)の出来事を終えて。
 アンナさんが許した結果、新しい人達がやってきた。
 これが原作らしいのですが。
 ジブリ版はサイロに行く前に新しい人達が来てしまいます。

 この先はお互い同じだと思いますが。


 ただ一つ、大切なものが抜け落ちています。

 映画の冒頭、「魔法の輪」の話が出ます。
 杏奈さんは自分がその輪の外側にいると思っていたようですが。
 それについて、映画では何も触れていないと思います。
 
 一方、原作では結末にこうあるらしいです。
 (Wikipediaのあらすじから)

 アンナはリンジー家のような大家族の子供ですら、時々「輪」の外側にいると感じていることに気づく。
 それは、近くに誰かがいるかどうかとは関係がなく、心の中の問題だったのだ。
 ミセス・リンジーは、雨の日にずぶ濡れで屋敷の中に入ってきたアンナを見て、こんな日に外にいたのかと驚く。
 するとアンナは、自分はもう「中」にいるのだと言って笑うのだった。
 

 これがあるのとないのとでは全然違うと思います。
 冒頭の魔法の輪の答え。


 それから、細かい点ですが。
 リンジー家、彩香さんが杏奈さんをマーニーだと思った理由。 (Wikipediaのあらすじから)

 少女は湿地屋敷でマーニーの日記を見つけており、引っ越してくる前にアンナが屋敷の門から出てくるところを見たことがあったので、日記を書いたのはアンナだと思い込んでいたのだ。

 とありますが。
 何度もマーニーさんと思い出を楽しんでいたら。
 それは見られても当然だと思えます。

 ところが、ジブリ版は――。
 1人で行ったのが昼に2回。
 マーニーさんと会ったのが1回目が夜、2回目も夜。

 この4回で彩香さんに気づかれた。
 うち2回は夜なので……微妙。

 2回で杏奈さんがマーニーさんに違いない――。
 実は、彩香さんの推理は半分正解なのでアレですが。

 ただ、原作の方が考えられた展開だと思います。
 映画だと3回目、サイロ(風車小屋)に行くのは昼ですし。


 と、この細かい点は抜きにしても。
 情報の出し方が微妙です。

 初めて作品に触れる時の人の想像力。
 それをもう少し意識して欲しかったです。

 あの夢なのか、なんなのかわからない。
 そういうミステリアスな感じを楽しんでいる時。
 マーニーさんについて、いろいろ考えるものです。
 無限の可能性を想像する、人の想像力は。

 杏奈さんが持っていた人形の精霊か?
 それとも館に住む幽霊か?

 日本人にしては珍しい青い目を持った二人。
 若干、杏奈さんの方が色が濃く、マーニーさんの方が鮮やかなため。
 二人に血の繋がりがあるなんて最初は思いもしません。
 だからこそ、最大級にこの不思議な感じを楽しめるわけです。

 あらゆる可能性を楽しんでいる途中で。
 新しい住人が引っ越して来たら。
 もう、仮説は台無しで、こうなります。

 マーニーさんは今はいない。

 中盤まで来て、いまさらタイムトラベルモノなんてならないだろうし。
 人形の精霊とか、館に住む幽霊でもない。

 マーニーさんとの秘密の楽しんだ後、外で倒れている事が多い杏奈さん。
 いつ夢を見始め、朝に目覚めたのか、それがわからない前半。
 そのお蔭で信じ始めた、このミステリアスな秘密。

 それが中盤で崩壊してしまいました。
 初めて観た時は。
 ですが、乗りかかった舟ですから最後まで観たら。

 この結末の作品で、あの中盤って何?
 なんかタイミングが変じゃない?

 そう感じた私の勘は正しかった。

 明らかに、原作版の方がわかりやすいです。
 ジブリ版は種明かしパートが二回もあるような感じ。

 種明かし上→許しと別れ→種明かし下

 何を思ってこうしたかわかりませんが。
 やる事やって、種明かしされた方がいいです。

 最初にマーニーさんから。
 お別れの時間って告げられた方が――。
 突然やって来た知らない一家の少女に。
 事実を突きつけられるよりいいです。

 せっかく、自分達でミステリアスな空気をつくりながら。
 自らそれをぶち壊していく、人の夢を踏みにじっていく。
 そういう邪神天照の掟……壺売りエンペラーの神武天皇の教え。
 これが日出ずる世界と日沈む国の決定的な違いです。

 夢なんか見ずに、事実を見ろ。
 お前らはGDPを爆上げさせる事だけを考えればいい。
 全ては汝のために、我をかつげ、一億総、ビッグモーター!

 態度だけは大きく、器は小さく、ナニも小さい。



 と、言いたい放題言いましたが。
 ジブリ版の映画で、これは凄いな、と思うポイントがありました。

 杏奈さんはマーニーさんに自分の名を明かし。
 マーニーさんも杏奈さんの名前を認識したはずですが。
 名前で呼ぶより、「あなた」と呼ぶ事が多いです。
 もちろん、重要な瞬間では「杏奈」と呼びますが。
 多くは「あなた」です。

 特別、意味などないのでしょうが。
 結果的にそれが大きな意味になる。
 この話はマーニーさんの記憶、その思い出で踊る二人の話。

 だから、杏奈、杏奈、と名を連呼したら。
 本当は違う人との記憶ってのが微妙になる。
 サイロで和彦って呼んでしまった事に疑問と違和感を持ったのは。
 このお蔭。

 サイロでの「あなた」が「杏奈」ではなく「和彦」なら。
 今までの「あなた」も――違う誰かだった?

 という具合に。

 振り返って、冷静に考えてみたら。
 名を知っているはずなのに、あまり名を呼ばない。
 でも、本当に杏奈さんの事を大切に思っている感じは伝わる。
 マーニーさんが突然、変な事を言うような不思議な人にも思えない。

 だからこそ――種明かしのタイミングが……。

 あの最初に観た時のワクワク感。
 私は館に住む幽霊に期待していました。
 私の母は人形の精霊を信じていたそうです。

 お互い見当違いでしたが。
 想像が外れた事より事実を突きつけられた後に。
 許しと別れをやっても……。

 はい、そうですか、となる。

 まだ謎めいたミステリアスの夢の中で。
 マーニーさんから別れを告げられ、許しを求められたら。

 え、どういう事!?

 となり、種明かしパートに頷ける。

 ホント、どうしてこうしたのか……。
 様々な事情があるのでしょうが――。
 やっぱり、原作版に一票。

 とはいえ、この名作を日沈む国の方々に伝えた。
 その功績はかなり大きなものだと思います。

 それから、子守唄に『アルハンブラ宮殿の思い出』を使った事。
 原作もそうなのかもしれませんが。
 私の母が感激していました。

 絵と音、音楽も表現に使えるのが映像の強みですね。
 文章だけの本にはない重さがあります。
 『砂の器』のように映画に命を吹き込んでいます。


 本当に凄いです。
 こんなに面白い話があるんだって驚いてばかりです。

 『ハウルの動く城』、『想い出のマーニー』、『ゲド戦記』、『借りぐらしのアリエッティ』。
 『海がきこえる』、『コクリコ坂から』、『魔女の宅急便』、『耳をすませば』。

 凄い話を映像化で知らせるって。
 もの凄く大切だと最近になって気づきました。

 三歩歩いたら「記憶にはございませーん」が伝統芸。
 人類を滅ぼすようにプログラムされた。
 事なかれ至上主義のターミネーター相手だからこそ。
 ITを伝えるのが、何よりも重要だと。

 ですから、何度でもこう言うわけです。

 ただのピエロだ。

 汝、自身を知れ、アンダーソン君。

 本当にこの世って豚の中に。
 自分の探しモノがあると思う?
 名を奪った湯婆婆に与えられた選択肢の中にITがあると思う?

 昔、館に住む幽霊の夢を見た私から言わせれば――。
 あの幽霊、悪霊は――この世の住人ではない。
 
 昔、見た、迷い込んだ、あの今はあの世で。
 あの悪霊は世界三大ウサギの一羽。
 竹取の国の愚かなFRウサギ、ワガママ・クイーン様。

 難病の特効薬や切れない電球よりも頼りになる。
 そういうマルクスさんの親友論、その親友が伝えたIT。

 浮かぶ時間で帰る時間だと。

 故郷は遥か彼方、今は塀の中。
 ああ、そうだ。
 遥か彼方で、今はココ。

 ようは選択の問題だ。

 信じて愚かに忘れるか、信じて賢く諦めるか。
 生きとし生けるものは信じた未知へ進む。
 記憶ってガラスの靴で、今は思い出せない思い出へ。
 今は昔の未来にある想い出へ。

 『Best of Both Worlds』。
 ハンナとマイリー、2つの世界のいいとこどりをした。
 現代に生きるシンデレラ、マイリー・サイラスさんから盗んだ教えです。

 アメリカにはいるものです。
 人魚のアリエルさんもハンナ・モンタナもホラーの帝王も。
 そう、アメリカならね。

 ですから――この日沈む国にも何かがいても。
 そうですね……埼玉県の山間には不思議なITがいたり。
 あるいは、裏表のない素敵な嘆きの天使とか。
 最年少艦長務めた電子の妖精がラーメン屋さんをやっていたり。
 うっかり道を間違えて、迷い込んだ恋ヶ窪さんがいたり……。

 そういうバカげた事を信じる愚かさが。
 2つの世界を繋ぐ、記憶ってガラスの靴。
 今、現在って特異点で繋げ、掟破りの浪漫飛行。

 マスクを外したらいかん。
 人がマスクをする世界があるから。




 それでは、また次の機会にお会いしましょう。










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