エピクロスを解読する前編 宇宙・原子論編
こんにちは。哲学チャンネルです。
ストア派の解説動画で少しエピクロスを取り上げたのですが(今月末アップ予定です)彼についての興味が再燃してしまいましたので、簡易的にではありますが彼の思想をまとめてみたいと思いました。
岩波文庫の『エピクロスー教説と手紙ー(訳 出隆・岩崎允胤)』を下敷きにして、彼の主要な主張を見ていきます。
とはいえ、全てを検討するのは骨の折れる作業なので、
彼の『宇宙・原子論』とそこから導出される『倫理学』に絞って解説を試みます。
『宇宙・原子論』についてはヘロドトス宛の手紙に収録されている序文を。
『倫理学』についてはメノイケウス宛の手紙の全文を。
それぞれ検討していきたいと思います。
どうしても長くなってしまいますので、前後編に分けます。
今回は『宇宙・原子論』について。
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ヘロドトス宛の手紙
序
エピクロスの研究に関わる論文は膨大であった。
そのため、多くの人はその全てを精査することができない。
そこで、エピクロスは『大摘要』と呼ばれる哲学体系を記した。(これは現存していない)
これは自然研究を志す人々の手引きになり得るものだと彼は考えた。
彼によると自然研究は(彼自身とても重要視しているが)あくまでも全体系の部分的な研究であった。
部分的な研究において正確な知識を得るためには、全体的な体系を把握する必要がある。
また、全体的な体系の把握がなければ、得た知識を実践に伴うことも困難であると考えられる。
よって、エピクロスは『大摘要』を更に圧縮してヘロドトス宛に手紙を書いた。(これは弟子の間で『小摘要』と呼ばれた)
これによって、より自然研究に励むことができるし、その効率が上がるだろうと考えた。
Ⅰ 哲学研究の方法上の規則
エピクロスにおける『先取観念』はカント的なアプリオリなものではなかった。例えば犬を何度も見てそれが犬だと明瞭に心に刻印された場合、次に犬を見た際にはその『先取観念』と照らし合わせて犬と判断する。というように、先験的なものというよりも経験による後天的なものを『先取観念』と表現している。
彼によると『先取観念』は言語に結びつく最初の明瞭な心象でなければならない。逆に言えば、その条件が満たされていればそれぞれの語に対して定義を考察したりくどくどと説明する必要はなくなる。
エピクロスは「感覚は限りなく明瞭である」と考えた。
だから、我々が研究する全てのものは感覚による明瞭性によって検証されなければならないと言う。だから、感覚によって捉えられたものは全て「確証が期待されるもの」となる。
しかし、感覚によって捉えられたものが全て「確証に至る」わけではない。
例えば、夕方オレンジに見えていた山が、翌日には灰色に見えるかもしれない。研究対象には出来るだけ近づいて多角的な検証をし、その正否を判断しなければならない。
とすると、原子などのミクロ世界についての正否はどうなるのか?ミクロ世界の現象を感覚で捉えることはできない。エピクロスはこれらを「不明なもの」と呼んだ。「不明なもの」を感覚で捉えることはできない。
よって、不明なものに関しては推論を用いて仮説を立て、それが感覚と食い違わないのならば真とし、一つでも感覚と食い違う例が現れるならば(逆証)偽とする。
このような科学においての基本姿勢を定義した。
Ⅱ 全宇宙とその構成要素
無から有は生じない。もし生じるとすれば、無限に有を生じさせることが可能になり、感覚に反するからである。
有は無にならない。もし無になるとすれば、世界中のものはいずれ無に帰してしまうため、感覚に反するからである。
この辺りは非常にパルメニデス的であるが、主張の方向性はだいぶ違う。
パルメニデスは無と有の不動性を拡張して、形而上学的な不動の宇宙を想定した。しかしエピクロスは(他の原子論者と同じく)流動性のある宇宙像を提示する。ものの最小単位は生成も消滅もしないが、それらは恒常的に運動し続けていて、それが世界を成り立たせている。
だから、見た目が変わったとしても「全宇宙」という尺度においては「何も変わらない」と考えることができる。超外部からの介入がない以上、原子の総量には変化がないからである。
全宇宙を構成する要素は『物体』と『場所』である。
『物体』については感覚器官によって捉えられるから実在だと認識して良い。問題は『場所』である。これについては先ほどの通り、推論によって仮説を立て、それが感覚と相違がないことを確かめなければならない。
物質以外の『場所』とは『空虚』である。『空虚』は有るのだろうか?
パルメニデスをはじめとしたエレア派の論者は「空虚はない」とした。
(参考動画 https://www.youtube.com/watch?v=tDqE-i9L32o)
その前提から
①空虚がないならば運動はない
②空虚はない
③よって運動はない
という結論を導き出した。
が「運動がない」というのは明らかに感覚に反する。
よって正しいのはこうではないか?
①空虚がないならば運動はない
②空虚は有らぬが、運動は現にある
③よって、空虚は「有らぬものであるが」実在する
このように空虚は実在するものと考えられる。
しかし有らぬものであるためにその存在を認知することはできない。
物体とされるものはその空虚(場所)において運動する。
また、物体を無限に分解することはできない。
合成体を成り立たせる根本の最小要素(原子)はそれそのもので充実しており、それ以上に分割することができない。
宇宙は無限である。
宇宙が無限でないならば端っこがあることになる。
端っこがあるということは、その隣があるということになり、それは『全宇宙』と呼ぶことができない。
よって全宇宙には端っこがない。
端っこがないということは、無限である。
同時に宇宙に存在する物質(原子)も無限である。
また、空虚(場所)も無限である。
仮に物質が有限なのであれば、無限に広がる全宇宙の場所において、物質の密度は著しく低くなり、物質同士が出会うことがなくなる。
それは原子が物質を構成するための衝突がなくなることを意味するからだ。
仮に空虚が有限なのであれば、無限にある物質の居場所がなくなってしまう。
よって、全宇宙は無限だし、物質の数も無限だし、場所としての空虚も無限の広さを持つ。
原子の形状は『私たちの理解を超えるほどたくさん存在する』
が、無限ではない。
原子の形状が理解に及ぶ範疇の種類しかないのならば、これほどまでに多種多様な物体が構成されていることを説明できない。
エピクロス的原子論の特徴は「原子には重さがあり自由落下という概念が用いられること」である。同時に、その落下のベクトルには「方向の偏り」が発生し、それによって原子はあらゆる方向へ運動すると考える。
デモクリトスなどは「原子は始原的にあらゆる方向に運動している」と考えたが、エピクロスはこれにアレンジを加えたということである。
この理論は構成の哲学者(キケロやヘーゲルなど)に散々批判されたのだが、マルクスは逆にこれを評価した。
唯物論における決定論の諸問題を解決するためには、自由意志の問題を止揚しなければならない。原子に「方向の偏り」があると考えるエピクロスの着眼点をマルクスは決定論に対する重要な視点として評価したのだ。
「或るものは遠くへ運動して相互に隔たり」というのはいわゆる気体的な原子運動を指す。
「跳ね返り合う原子どもが、そのまわりを、絡み合ってる他の原子どもによって囲まれているとき」というのは液体的な原子運動を指している。
また「跳ね返り合う原子どもが絡み合っているために、原子が、跳ね返ったのちただちに、その運動を曲げられるとき」というのは固体を指している。
注目すべきは、固体状態における原子の運動である。
固体状態における原子は「跳ね返り合う原子どもが絡み合っている」と表現されていて、これは固体を構成する原子が厳密には「動いている」ことを示している。
感覚に反するこの結論を推論で導き出したのはすごい(語彙力)
これまでの理論を総じて考えると、世界は無数に存在することになる。
原子が無限で、空虚も無限である以上、宇宙も無限である。
原子が永遠に運動する以上、我々の世界と似た世界が作られることもあり得るし(厳密には必ずあると言っても良い)全く類似しない世界が存在することもあり得る。(厳密には〜)
そしてこの理論が感覚に反することもない。
まとめ
以上がヘロドトス宛の手紙の序文にあたる内容です。
この後には「感覚について」「原子について」「霊魂について」「本属性と偶発性について」「世界の生成と消滅について」「文明と言語について」「天候について」「感情について」と続きます。
いずれもスリリングな内容になっていますので、ご興味があればぜひ本書を読んでみてください。
いずれの主張に関しても、今回取り上げた宇宙・原子論が前提になっています。非常に唯物論的・決定論的な思想であり、この思想にはストア派の教説とも似た部分が数多くあります。
エピクロスは感情や思考も原子の運動であると考えていました。
(原子の運動の中でも特に「速い」ものだと主張していた)
そう考えると非常に現代科学的な視点を持っていたのだと言えます。
そして彼が提示する「快楽主義」は、この宇宙・原子論をもとに導出されたものです。
次回はエピクロスの倫理学を検討します。
倫理学に関してはメノイケウス宛の手紙を全文検討しますので、相当なボリュームになります。
まだ白紙状態なので、いつ投稿するかもわかりません。
期待せずにお待ちいただけると幸いです^^
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