わたしスペース*繊細さ*
*今日のおはなし
本来のわたしと在るため
アレクサンダー・テクニーク
(自分のつかい方)を学び、実験しています。
日本人の気質ともいわれる
繊細さや敏感さ、雰囲気や空気を読む、
ことばでのコミュニケーションが苦手…など
日本の風土や気候、歴史や文化、遺伝などによって培われてきたものでもあります。
(生き延びていくため)
多かれ少なかれ、誰にでも(日本人でなくとも)当てはまるところがあります。
このことは過敏であっても、鈍麻であっても生きづらさにつながるのかと思います。
わたしは自身や世界に対して
違和感やモヤモヤしたもの、居場所のないようなものを抱えていました。
自分や人の“気”には敏感だなという自覚はあります。
だから、無意識に
自分や人の“気持ち”を抱え込んでいたり、
“気持ち”に振り回されてきたのだと思います。
アレクサンダー・テクニークに出逢って、
心身の不必要な緊張に気づき、
やめてやめていくということから、
今までに無意識に抱え込んでいた
気持ち(感情)が溢れてきました。
主に、恐れや不安・悲しみです。
こういったものを感じても
からだを固めて
抱え込まなくてもいいことを知り、
実践していきました。
でも、気持ち(感情)を扱うことは
アレクサンダー・テクニークの直接の領域ではなかったので、
(*アレクサンダー・テクニークは
からだを通して学んでいくもので、からだとこころは繋がっているので、からだが変わるとこころも変わっていくというもの)
わたしはオーラ・ソーマをとり入れて、
自分の気持ち(感情)と向き合いました。
今までは、気持ち(感情)を抱えて、
優先させてきたので、振り回されてもいました。
でも、気持ち(感情)は
“結果”であって、
何かが起きて
そして、
後からついてくるもの。
とからだを通して、理解するようになって
気持ち(感情)に溺れたり、振り回されたりが
減ってきたように思います。
わたしは気持ち(感情)がいけないものとは思っていません。
(危険から身を守るものでもあります)
ただ、いつも自分や人の気持ち(感情)を
先に置いて、優先させて
何かを選択するのも
違うのかと今は思います。
・気分が重いから、何もしたくない
・気分が重いけど、ちょっと陽に当たったら
気持ちが軽くなった〜
気持ち(感情)に従う(習慣)こともありますが、
何かが起きた(起こした)から、
気持ち(感情)が動くという選択もあります。
今は後者を選択していて
からだやこころが重くなってきたら、
気分転換をとるようにしています。
お茶やコーヒーを淹れるとか、ちょっと買い物に出かけるとかね。
それだけで、流れが変わってきます〜
溢れてくる気持ち(感情)を
変えることはできません。
ただ、それらをどう扱うかで
変わってきます。
その気持ち(感情)の繊細さを
自分にも人へも活かせたらと今は思います。
12/2/2022,mayumi
よんでくださって、ありがとうございます:)