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バーテンディング【理論2】座学と実技(2)

 前回の記事『バーテンディング【理論1】座学と実技(1)』では、「バーテンディング」ひいては「ドリンクメイキング」「カクテルメイキング」を始める(始めたい)、あるいは「バーテンダー」になる(なりたい)という際に、(1)どのようなことから始める必要がありそうなのか、そして(2)必要なことをどのような手順・道筋で知っていけばよさそうなのか、ということについて整理することを主眼としていました。
 そこで(1)の答えとなり得る「要素」としては「座学」と「実技」の2つを研鑽の道を進むための両輪として挙げ、(2)の答えとしてはそれら「座学」と「実技」が何であるのか要素分解し取り組みの内容を明瞭化することを試みました。
そして前回の記事ではその一方である〈1〉座学について詳述しましたので、今回はもう一方の〈2〉実技についての内容になります。

 そこで「実技」という言葉は何を意味しているのかということに関して、前回記事では以下のように言い表しました。

〈2〉実技
想像し構想している液体(カクテル、その他)を、いかに自らの身体を使い実現することができるのか実際に取り組んでみる「発想の検証」

 前回の「座学」についての内容を経ていただいたということを前提にした場合、この「実技」についての説明に登場する言葉のニュアンスをより明らかにするため若干補足をしたいと思います。
 まず「想像し構想している液体」とは、自分が「つくりたいカクテル(ドリンク)」が何であり、またどのような状態(仕上がり、出来栄え)を希んでいるのか仮置きすることです。
そして続く「いかに自らの身体を使い実現することができるのか」とは、「実現したいもの(仕上がり、出来栄え)に必要な作り方(動かし方)」について自らの身体能力や感覚と照らし合わせながら何がどのようにできればそれが可能になるかを検証するということになります。
 このように「バーテンディング」における「実技」とは、自分が何をつくりたいのかということを知り、それらがどのような仕上がり・出来栄えであってほしいのかを想像し、それに伴って必要な動作とはいかなるものになるのかというふうに、様々な感覚を動員することが必要となることが見えてきました。余談ですがこのことは「バーテンディング」が人間の営みであり続けること、それすなわち「ホスピタリティ」が人間の営みであり続ける可能性とも強く結びついているのではないでしょうか(今後どこかでそのことについての整理もしたいと思っています)。

 それでは「実技」についての概要はここまでにし、前回の「座学」と同様に今回の内容の主眼である「実技」とは何であるのかを、(1)確認(2)実作(3)反省という要素に分解し得ると本稿では解釈し、それらはどのような関係にあるのかをみていきたいと思います。

〈2〉実技

(1)確認 = 実現したいもの、必要なことを見つける
 「実技」という言葉のみでは、それがすぐに身体を動かして何かを実際につくることであるように聞こえるかもしれません、ですがここでは何かをつくる前の段階でもある、何をつくるか「想像」し、それをどのような仕上がり・出来栄えにしたいのか「構想」することを「確認」とし、「実技」の要素の1つとして捉えています。

 少し回り道するようなことから申し上げると(また別の記事で詳しくまとめるつもりではあるのですが)、例えばスポーツにおける同じ競技であっても(取り組んでいるものが同じ「野球」であったとしても)、また芸術において同じジャンルであっても(向き合っているものが同じ「音楽」であったとしても)、その源流を辿れば基礎となるものには共通点はあれど、それぞれの表現それ自体、それを可能にする表現方法、そしてそれらを導くための美意識や審美眼などには相違点があり、ときに大きな隔たりさえあります。
 そのため、自分がどのようなドリンク(カクテル)をつくろうとしているのか(つくりたいのか)、そしてそれらドリンク(カクテル)に同じ名前が付けられている、もしくは同じ材料が用いられているとしても嗜好性や世界観によってまったく異なる仕上がり・出来栄えになる(なってしまう)ということを知ることが重要になります。

 例えば以下の写真に収められたカクテルを見比べていただくと、よりわかりやすいかもしれません。

個々人の原体験や価値観、方向性や思想がいかにカクテルに反映されるかについては、
今回の記事の後「バーテンディング【理論3】共通性と個人差」でより深い考察をする予定です。

 こちらの3つのカクテルすべて「ジントニック」なのですが、いかがでしょうか。どれが自分にとって最もよく見え、どの出来栄えに惹かれるでしょうか。またはどれも変わらずよい、あるいは些細な違いしかなく甲乙つけ難いでしょうか。
 今回の記事の主眼からは逸れるためここではあまり踏み込んだ比較はしませんが端的に説明しますと、左は所謂オーセンティックバーと呼ばれる場所で出会うもの、中央は海外志向とも言える場所で求められるスピード感とそれ相応のクオリティを同居させたタイプのもの、右は従来のつくり方を突き詰めるのではなくコンセプトを根本から見直し製作されたもの、と言えます。

 このように先の3種に共通して基本的には「ジン」と「ライム」と「トニックウォーター」で構成されている「ジントニック」であっても三者三様です。
そのため、まず(1)自らが「何」をつくるのか、あるいは「何」をつくりたいのか。今回の例で言えば自分は「ジントニック」をつくろうとしているのか、あるいはそもそも「ジントニック」をつくりたいのか、を「想像」します。
そして(2)それを「どのような仕上がり・出来栄え」にしたいのか。今回の例で言えば先の3種のうちのどれにしたいのか、あるいはまた別のかたちを探りたいのか、を「構想」します。
 
 ですので以上の2点、自らが「何」に向き合うかを「想像」し、また向き合う「何」が定まればその「仕上がり、出来栄え」について「構想」することが、実際にドリンクをつくる前に、まず「確認」する必要があることとしています。

(2)実作 = ドリンクをつくり、結果を知る
 
自分が「何」をつくろうとし、またその「何」がどのような「仕上がり、出来栄え」になることを希んでいるかについて「確認」できれば、実際にそれを生み出す段階に移ることになります。

 この「確認」→「実作」に移ることで知る必要になることとしては、つくり上げようとしている「何」を構成する(1)「材料とは何であるか」、そしてその「何」を実現するために(2)「採択されている技法と実現を可能にしている技能」が挙げられます。では先程の例である「ジントニック」を用いて、1つずつ追っていきましょう。

 「ジントニック」をつくろうとする際に必要な(1)すなわち「材料」とは、繰り返しになりますが基本的に「ジン」と「ライム」と「トニックウォーター」となります。ですが、「確認」の段階で確認しましたように、その「ジントニック」をどのような「仕上がり、出来栄え」のジントニックしたいかによって、ジンのブランド、ライムの絞り方、トニックウォーターの種類、そしてそれらの配合や配分つまりレシピ等、挙げ出したら数多あるわけですが、ほぼすべての要素において差異があります。
ですので、この時点で自分がつくろうとする「何」は「ジントニック」と決まったわけですが、その自分の「ジントニック」は「いかなるジントニック」なのかを定める必要が生まれます。

 そしてその次にくるのは、(2)すなわち「技法」と「技能」なのですが、まずシェークするのかステアするのか、あるいはビルドなのかという「つくり方」と、各材料をどれぐらい入れて、配分はどうなのかという「レシピ」という万人に開かれている「情報」という側面が「技法」としてあり、しかしまた同時にその「つくり方」と「レシピ」に忠実であってもお手本とするもののクオリティとまったく同じにはならないということは往々にしてあり得るためつくり手の「能力」に依存するという側面が「技能」としてあります。
これら「技法」と「技能」に関してはもう1つ「技術」という点を含めて、今回の記事の後「バーテンディング【理論3】共通性と個人差」でより深い考察をする予定ですが、この場で簡単にまとめますと、今回の例で言えばつくる対象である「ジントニック」に必要な「材料」や「道具」、そして「つくり方」「レシピ」と、そして自らが希む出来栄え、仕上がりに必要とされる「技能」すなわち「能力」について知り、実際にドリンクをつくることに臨むことになります。

(3)反省 = 想像と成果を照らし合わせる
 そして続く「反省」では、実際にドリンクを作成することで見えてくる、試作前の想定とと試作後の出来栄え・仕上がりの一致と不一致について確認することになります。
すなわちここでは(1)「確認」における「想像、構想」と(2)「実作」による「結果、成果」を見比べることを「反省」と呼んでいます。
どこまで「確認」における見通しが妥当なものだったのか、もし見通しのようにドリンクをつくることができたのであれば何が理由で、仮にそうでないのだとしたら何が原因なのかをここでは探ります。

 つまり「実作」でつくったものが結果的になぜそうなったかを分析するわけですが、その際に必要となるのは、実際につくったものにあらわれるいくつもの要素について一つずつ、なぜそれはそうなっているのか、そしてそれはどうなってほしいのか、を確認していくことになります。
その照らし合わせについていくつか具体的な要素を出すため、下の写真に収められたカクテルを例に取りたいと思います。

 こちらのカクテルは「ウイスキー」「レモン」「砂糖」「卵白」で構成された「ウイスキーサワー」です(ウイスキーサワーには卵白を入れないものがありますが、今回は卵白入りを取り上げます)。また一般的に「ウイスキーサワー」に用いられる技法はシェーク、道具はシェーカーになります。
 ここまででもいくつもの要素があることが窺えると思います。

それらを簡単に書き出してみますと、

1. どのウイスキー、どのような状態のレモン、どういった甘味を使うのか
2. どれぐらい卵白は泡立てるのか、またその際に用いる道具は何になるのか
3. シェークという技法を採るのであれば、いかに混ぜ合わせるのか

などがあります。

 ここですべての要素について詳述することはできませんが、結局のところ本質となることは、自分の「想定」つまり「どのような仕上がりを希んでいるのか」と実際の「結果」つまり「どのような出来栄えであるのか」、その2点をどれだけ正確に結ぶことができているかに尽きます。
すなわち(1)確認で「想定」したことと、(2)実作で知った「結果」との関係性について、どの要素がどれだけ自分の思っていた通りなのか、あるいは何がどれだけ思い通りにいっていないのか、について、文字通り(3)「反省」することになります。

 カクテルメイキングにはいくつかの「技法」があります、そして今回の例である「ウイスキーサワー」では「シェーク」がこれまで用いられることが一般的とされてきました。
では「ウイスキーサワー」に関わるいくつもの要素のうちここでは「シェーク」という一要素に絞ってどのような「反省」ができそうか、その一端を示したいと思います。

1. シェーカーはどのような大きさ、形状、素材、種類、ブランドを使うのか
2. どのような状態の氷を用いて、どれぐらい加水し、また空気を加えるのか
3. シェークの動きは想定の仕上がりに繋がり、動きと身体の相性はどうか

などが考えられます。

 省み、鑑みる点は「シェーク」といういち技法を例にとってみてもいくつもあります。そしてそれらは往々にしてある部分を解消できたと思えば、次は別の部分が課題になる、そしてまたその逆も然りというケースが多く、個々人と、自らが所属し従事している場所によって異なりますが、その嗜好性・志向性や流派、世界観によってどれほど凝るのか、突き詰めるのかに差は出るでしょう。
ですので、シェークという技法に限らず、またいかなるカクテルにおいても、一方で何かを実現できているという側面がありながら他方で何かがパッとしないという側面があることについて、それをどこかで妥協点を見つける他ないと思うのか、あるいは時折相反するように感じられるもの同士を同時に達成しようと思考を凝らすのかは、熟練度つまり技能の違いとも言えますが、志すなわち生き様の違いが「バーテンディング」という営為において明確にあらわれる部分でもあります。


 今回の記事では「バーテンディング」における「実技」とは何であるか、そしてその「実技」とは(1)確認(2)試作(3)反省という要素に分けることができるのではないかということについて整理してきました。

 「実技」という言葉は場合によって、それが検証するためのものであれば「練習」と言い換えることもできれば、実際に提供することが伴うのであればそれは「実践」と呼ぶこともできるのだと思います。
「練習」では実際に仕上がったものを自ら味見することでわかることが「実践」では他の誰かに提供するものなのでわかり得ず、逆に「実践」では相手がいてその人の反応から知ることができるものが「練習」では必ず他に誰かがいるというわけでもないので異なる視座からの意見は得にくい、というようなことがそれぞれにはありますが、「練習」も「実践」も先の(1)確認(2)試作(3)反省という3つを巡るという点では共通しているため、その意味でどちらも「実技」であるとすることができるのではないでしょうか。

 そしてその「実技」と、前回の「座学」とが両輪となり「バーテンディング」という営みを続けた場合(「座学」と「実技」が交わった時)には、各々によるそれぞれの「理論」が浮き上がってくるということについての整理が次回の内容となります。