【ヒモ男シリーズ】ヒモ男、寝取られる!?
俺はコンパスヒモ男。今日はデイ子親子の付き添いで、水族館のある遊園地へ1泊の予定でやって来たぜ。片道1時間半もあれば着く場所なのに、暇な金持ちはすぐにホテルを取るんだぜ。
昼前に到着し、水族館をひと回りして昼食をとった後、遊園地へ移動したぜ。今流行りの、親子ともども体を動かすタイプのアトラクションがたくさんあるぜ。デイ子は6歳の双子の子ども、イチ夫とニ子の世話を俺に任せ、自分は少し離れたベンチに座り、スマホをいじったりコーヒーを飲んだり、気ままなもんだぜ。俺の経験では、女は40を過ぎると、ほとんど動かなくなるんだぜ。
大物アトラクションを立て続けに体験し、体が悲鳴をあげているところで、
「観覧車乗りたい!」
「乗りたーい!」
と、イチ夫とニ子が俺のことを両脇から掴んで揺すってきたぜ。
「私、高いところ苦手なの。ヒモ男、お願いできる?」
俺もそんなに得意ではないが、金をもらっている以上、断る立場にないので渋々頷いたぜ。子どもたちに手を引っ張られ、ゴンドラに乗り込んだぜ。乗り場近くのベンチに座っているデイ子が手を振り、子どもたちも嬉しそうに「ママー!」と叫んで、体全体を揺らすぜ。ゴンドラもそれに合わせて動くので、俺は手すりをぎゅっと握ったぜ。
「お、おい、やめろよ。落ちたらシャレになんねえ」
「きゃはは! ヒモ男の弱虫ー!」
ふたりとも悪ノリして、ジャンプし始めたぜ。
「いい加減にしろ!」
俺の大声にビクついたふたりは、しゅんとなって席に着き、下にいるデイ子の方へ目を移したぜ。
「なんか、誰かいるー」
「ほんとだー」
俺も下を見やると、遊園地の従業員の制服を着た、遠目でも俺をはるかに上回ると思われる超ド級のチャラさを持った若い男が、立ったままデイ子に話しかけてるぜ。こんなチャラい男がこんな場所で働けるなんて、きっとヤツはここのオーナーの息子か何かだぜ。チャラ男は徐々に距離を詰め、デイ子の隣に座り、デイ子にキスしそうになったので、俺は母親を見つめるイチ夫とニ子を、急いで両脇でひょいと抱き上げ、反対側の窓際へ移動させたぜ。
「何すんだよ、ヒモ男ー!」
「ほら、こっちの方が景色がいいぞ」
「あ、ほんとだ! 船がいっぱい見える!」
ニ子は喜んだが、イチ夫は不服そうだぜ。そうしているうちに、両隣のゴンドラが少し低い位置で並び、俺たちが頂上に来たようだぜ。すると、全ての音が消え、動きも止まったようだぜ。
「略奪愛は略奪され返される、ってね」
突然、イチ夫が子どもらしからぬことを淀みなく言ったぜ。俺は驚いて固まったぜ。窓から射し込む光が急に赤く染まったと思ったら、
「フハハハハハハハ!」
と、世にも恐ろしい形相でイチ夫が笑い出したぜ。
──殺される!
俺は本能の命ずるままにその場から離れようと、危ないとは分かっていながら、ゴンドラのドアを開けるために必死にもがいたぜ。ロック解除はどこだ!? ダメだ、開かない! どうすればいい……!?
「なんか今、パパの声がした」
ニ子の発した言葉にはっと我に返ったぜ。
「イチ夫、聞こえた?」
「ううん、知らなーい」
気づけば赤い光は消え、イチ夫も元に戻ってるぜ。一体何だったんだ、今のは……俺はへなへなと力なく子どもたちの向かいの席に座ったぜ。
「ヒモ男、すごい汗出てる」
ニ子が自分のポケットに入っていた小さなハンカチを取り出して、そばに来て俺の額を拭ってくれたぜ。
「ありがとう」
ニ子をそのまま膝の上に乗せたぜ。向かいにいるイチ夫は、何も覚えていないようで、渡り鳥が群れをなして飛んでいるさまを、あどけない表情で追っているぜ。
地上に近づくと、すでにひとりになっているデイ子と、皆で手を振り合ったぜ。
「ヒモ男、どうしたの? なんか青ざめてるけど……」
ゴンドラから降りてすぐに、デイ子が俺の異変に気づいたぜ。
「いや、ちょっと高さに酔っただけだよ」
ふーん……という、さして興味のなさそうな反応をして、デイ子は子どもたちと手を繋いで前を歩き始めたぜ。まだ閉園まで時間はあったが、「俺、もう無理」と言うと、デイ子も何も返さず、ホテルへ向かい、皆で部屋でひと休みしたぜ。
ホテルのレストランでの夕食後、前を歩く子どもたちに聞こえないよう、デイ子がひそひそ声で、
「私、19時から約束があるの。子どもたちをお風呂に入れて寝かせといてくれない?」
きっとあの男と会うんだと、俺にはピンときたぜ。
「オッケー、いいよ」
疲れていて早く休みたかったので、デイ子の夜の相手をしなくていいのは、俺にとっては好都合だぜ。チャラ男に感謝だぜ。
デイ子が部屋を出た後、子どもたちと一緒にちゃちゃっとシャワーを済ませ、寝支度をしてベッドに横にすると、ふたりとも数秒で寝息を立て始めたぜ。俺も隣のベッドに身を投げ出し、観覧車の中での恐ろしい出来事を反芻していると、間もなく眠りの海に身を投げ出したぜ……
「ちょっと、ヒモ男! ヒモ男ってば! 起きてよ」
デイ子の怒りに満ち満ちた、寝ている子どもたちを慮って極力声を落とした叫び声で深い眠りを破られた俺は、また何か恐ろしいことが起きたのではないかと、バッと飛び起きて、ベッドの上に座ったぜ。
「……今何時?」
「夜の9時よ」
「ずいぶんと早えご帰宅だな」
「あいつが約束をすっぽかしたのよ! ずっと待ちぼうけだったの! 連絡もつかないし……NTR夫の野郎、許さない!」
ふう……俺はあぐらをかき、ため息をついて項垂れたぜ。
「早くして!」
デイ子はヒステリックに言いながら服を脱ぎ、俺にも同じことをするよう催促したぜ。イチ夫とニ子の眠りが深い間に、やるだけやっちゃおうという魂胆だぜ。結局、デイ子の怒りが収まるまで寝かせてもらえず、早起きした子どもたちに、わずかな眠りさえ妨げられて、デイ子が安らかな寝息を立てている隣で、俺は頭をこっくりこっくりさせながら、子どもの遊びに付き合わさせるはめになっちまったぜ。
(了)
デイ子が出てくる話
第3話「ヒモ男の災難」
第6話「ヒモ男の海水浴」
第11話ヒモ男のとある1日」
第12話「ヒモ男パーティー」