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なにかが、おかしい ⑤
今朝の新聞に「『英語嫌い』増加」についての記事を見つけました。
その原因に「中学校の教科書が難しすぎる」と書かれていて、、、少し考えました。確かに、2021年度から教科書が急に難しくなっていて、寺子屋でも、これは、英語嫌いが増えると予想して、一時休止していた中学生以上の入塾受け入れを再開しました。
でも、教科書が難しいのは、小学校で英語をしっかり学んだ前提の教科書になっているからです。だから、英語嫌いの原因は、教科書ではなく、小学校での教科化とその内容との連携と、文部科学省の方々と先生方の考え方が、そもそも現状に合っていないことではないかというのが私たちの印象です。
義務教育で学ぶ「外国語」が「英語」なのは、英語が世界で広く使われていて、身近で、比較的簡単な言語だからで、それは、義務教育の外国語学習の意義が、子どもたちの世界の広がりのきっかけを作ることだからだと私は思っています。
それを、教え方が悪いから話せないだとか、使える英語をだとか、4技能だとか、いじくりまわして、今があります。そもそも、政府も、世の中も、中学卒業時点での「英語が使える」とは、どういうことで、どこまでを目指すつもりなのかがわからなくて、ぶれ続けているように思います。
学校で長い間学ぶのに英語が使えないという批判も、数学なども算数から考えたら、英語よりずっと長く学ぶ上に、日常的に使う機会が英語よりははるかに多くあるというのに、理解していない人わからない人も多くいる、なぜ英語は、教え方が悪いと言って、こんなに教え方をコロコロ変えて、数学は今まで通りなのかと思ってきました。笑
実際は、義務教育で教えるものは、英語も、算数、数学も、理科も、社会も、家庭科も、きっかけであり、教養でしかないはず。それを大いに利用できるようにするかしないかは、自分たち次第です。学校での教え方の影響がないとは言わないものの、同じ教え方をされても、結果的に実力はバラバラになるのは避けられません。
今日の新聞記事では
義務教育で英語を教えるのは、実用的な英語を使えるようにするというよりは、どの子も異なる言語や文化に興味を持ち、外国語の基礎を理解し、互いに尊重し平和的に共存する人間を育てるため。
と、締めくくってありました。本当に、そういう目的に沿った教科書、学校の授業であってほしいです。
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