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冷え冷えの心にアンダルシア電車のすすめ
海外に住んでいるというと、かっこいいとか、おしゃれだと言われることがある。
アンダルシア田舎には残念ながらそれらの言葉が当てはまらない。
ここ2か月ほど、アンダルシア田舎の電車でいろいろなおもしろいことがあった。
しばらく日本に帰っていたので、こちらの電車が新鮮に思えたのだろうか。
いずれにせよ、記録のために書いておこうと思う。
そして、いつか皆さまがアンダルシア田舎の電車に乗られるときに腹をくくられるためにも。
その前に、私の利用している電車について書いておこう。
全て指定席で、事前に予約しなければならない。座席は新幹線のように通路を挟んで横に2列ずつ並んでいる。通路側、窓側といった風に。横長で7人ほどが座れるロングシートタイプではない。そのため、知らない人同士が隣に座っても、車内での交流はそれほど発生しないように思われる。
普通に考えると。
でも、残念ながらというかなんというか、アンダルシア田舎はいわゆる世間が考えるところの「普通」ではない。
そんなわけで、アンダルシア田舎の電車に乗られるときは、心してかかられたい。
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ブラックフライデーで安くなっているのであろう品々。
箱に"Black Precio"(precioはprice)と書かれていた。
また、あるときは"Black Mes"(Mesはmonth)とあった。
例えば、それはこんな風に始まる。
「君はどこの駅で降りるんや」
通路側の席に座っていた私に、男性が話しかけてきた。
唐突な質問に驚きながらも、〇〇駅ですと答える。
「そしたらな、僕の方がはよ降りるから、君は窓側に座りなさい。そしたら、僕が降りるときに君に立ってもらわんですむやろ」
なるほどそういうことか。
私はあえていつも通路側の席を予約している。しかし、この方の視点に立ってみると、自分が降りるときに他の人の迷惑にならないようにという考えから座席を選んでいることがわかった。
座席の選び方にもいろいろあるものだ。
お気遣いありがとうございます。
そう言って、私は窓側に移動した。
しかし、待てよ。考えてみれば、わざわざ私に話しかけて、私を通路側から窓側に移動させている時点で、いささか面倒なことにはなっているのだ。私は読んでいた本を閉じて、その男性と短いながらも会話をし、コートとリュックを持ち上げて立ち上がっている。また、この場合、私の「通路側に座りたいからこの席を予約した」、という状況は無視されているではないか。そして、どっちにしたって、私は立ち上がっていることには変わらない。
そして、「君は窓側に座りなさい」という台詞には、私にはもはや選択肢すらなかった。
なかなか乱暴じゃないか。
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クラシックアジアンスタイルとのことだが、
日本では見かけない味付けのように思える。
でも、あるだけで嬉しい。ありがとうございます、日清さん!
男性が降りた後、私の隣には小柄な女性が座った。
数分後、女性が話しかけてきた。
「トイレ行くから荷物見といてくれる?」
とっさのことで、はいわかりましたと答えたはいいが、よく考えたら、私はあと5分もしないうちに電車を降りるのだ。
電車のトイレがどのぐらい混んでいるかわからない。そして、何分ぐらいで彼女が戻ってくるかわからない。
女性が見ず知らずの私をどういう理由でかはわからないが全方面で信頼して置いていったリュックを見つめる。
いや、あかんがな!
そう思って、リュックとともに私は立ち上がった。
電車の中のトイレを探す旅に出るために。
しばらく車内を歩いていると、先ほどの女性がトイレの前で待っているのが見えた。
すみません!私もうすぐ降りるので、荷物を見ていることができません。かといってそのまま置いておくわけにはいかないので、一旦お持ちしました!
そう言って、リュックを差し出した。
そういうことかと女性はうなずいた。
彼女がそれで納得したのかはともかく、私の差し出したリュックを背負って座席に戻っていった。
あれ、トイレはいいんだろうか。
このように、車内では急な判断に迫られることが多々ある。そして、今書いていてわかったが、大体の場合において、私はうまく対応できていない。
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皆さんどうでもいいでしょうが、
私は柔らかいタイプが好きです。
あるときはこんなことがあった。
「唐草!〇〇駅から乗車した唐草はどこ!」
大学に着くまでしばらくあり、うとうととし始めた頃だ。
車掌さんの大声に、びくっとして目が覚めた。
自分の名前を呼ばれていることに気が付き、慌てて手を挙げる。
何かしでかしたんだろうか、私は。
座席も車両も間違っていないはずだ。
おずおずと手を挙げる私のもとに車掌さんがつかつかとやってきた。
「ここね!よかった、さっきどこの席まで乗車券を確認したか忘れてしまったのよ。次はあなたからだったわ!」
はい、そうですかと言ったはいいものの、どこの座席まで確認したかわからないから、次に確認するべき乗客に該当する人の名前をとりあえず呼んでみるという車掌さんの戦法に戸惑う。
名前だけでなく、私がどこの駅から乗ったかまでが、車両中にいる人たちに丸聞こえだ。個人情報の保護などあったもんじゃない。マイナンバーカードのような個人識別番号を読み上げられなかっただけましということか。
「〇〇駅まで行くのよね、あなた!うふふ!」
もはや、私の行先まで全員に公開されてしまった。
もし私の隠れファンがこの中にいたらどうするんだと自意識過剰気味に一瞬思ったけれど、ほかの乗客も特に気にする様子もない。そもそも私のファンなんて酔狂な人はいないし、呼名での確認もここでは特に珍しいことではないのだろう。
ちなみに、電車のチケットは携帯のアプリでも購入できる。そういう意味では、アンダルシア田舎にも最新のテクノロジーは届いている。
しかし、乗ってから毎回このようにチケットの確認に車掌さんがやってくる。
アンダルシア田舎でプライバシーというのはときどき難しい。
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思わずきれいに並べてしまう。
その数日後には、こんなことがあった。
「この電車、寒すぎるわ」
通路を挟んだ隣の席で、ハンバーガーを食べていた女性が言った。
ちょうど車掌さんがチケットの確認にやってきたときだった。
「あら、寒い?確かに電車の中なのに、マフラーまでしてジャケットも着てるわね」
車掌さんが女性の言葉にこたえる。
「さっきからずっと震えてるんだけど、どうにかならないかしら。エアコン調節してほしいわ!」
ハンバーガーの女性は随分我慢していたようだった。
車掌さんは少し考えたのちに大声で言った。
「皆さん注目!!この中で寒い人いる?いたら手を挙げて!」
車両にいる半分ぐらいの人が手を挙げただろうか。
さみーなー
そう言われてみれば寒いなあ
そんな声が聞かれる。
私自身は、電車に乗る直前まで小走りだったのと、厚着をしていたせいで、どちらかといえば暑かった。
すると、後ろに座っていた男性がぼそっとつぶやく。
「どっちかっていうと、僕は暑いねん」
車掌さんはその男性には構わず続ける。
「とりあえずエアコンの温度を上げるわ。5分後に戻ってくるから、そんときにまた教えて!わかった?」
はーい!!
車両中からよい返事。
まるで、修学旅行か何かに行くバスの中みたいだ。
そして、本当に5分で車掌さんが戻ってきた。
「みんな、調子はどう?」
「ちょうどいいですー!!!」
「やっとあったまってきたー!」
「…僕は暑いねんけどな」
お兄さんわかるよ、わかるよ私もちょっと暑いぐらい。
お兄さんに同情しつつ、自分の駅に着いたので降りようと立ち上がる。
コートを着ようとして驚いた。通路の反対側ではめちゃくちゃ冷たい風が吹いていることに気がついたからだ。
なんやこれは。
空調のせいなのかなんなのかわからないが、私の座っている方はたまたま暖かかっただけだった。お兄さんもあっち側の席に座っていたら、きっと寒かっただろう。
このように、アンダルシア田舎では、お客さん同士の距離が近いことが往々にしてあるが、車掌さんとお客さんの距離もとても近い。
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去年よりバージョンアップしている。
そして、人とのやりとりはもちろんだが、電車そのものとのやりとりにも驚かされることがある。
一般的に、電車を予約すると、チケットには〇号車、〇席といったように、乗る車両や座席の番号が書かれていると思う。
電車に乗るときには、ホームに行き、1号車の次は2号車、その次は3号車という順番でやってくるという理解で皆さん電車を待たれると思う。日本であれば、ホームのどこが1号車、2号車と表示がある。
しかし、スペインがスペインであるがゆえに、こちらの電車はそんな期待をごくごく軽やかに裏切ってくれる。
まず、私の利用する駅では、どこに何号車が停まるかが書かれていない。また、電車の先頭が10号車なのか1号車なのかわからない。そのため、ホームのどのあたりでスタンバイしておけばいいのか皆目見当がつかない。毎回、出たところ勝負だ。そのおかげで、大抵の場合、乗客は電車の到着とともに全力疾走を強いられることになる。
車両が1号車、2号車、3号車と続いている場合はまだいい。自分がどのあたりまで歩く、いや、走ればいいかの予測ができるからだ。
しかし、ここはスペインだから、そう簡単に事は進まない。
先月など、5号車が先頭に来たと思ったら、その次は10号車、その次は4号車といったことがあった。これには皆びっくりし、ホーム内でなんやこれは!の大合唱がおこった。
私にとっては、毎回何かのゲームに参加しているかのように思える。
それからは、各々が自分の車両を探しながらホームを走り回る旅が始まる。それでもわからないと、最終的には叫ぶしかなくなる。うかうかしていると、電車が出発してしまうからだ。
「〇号車はどこー!!!」
そうすると、大抵の場合、誰かが「ここやー!」と答えてくれる。
でも、どうしてもわからない場合は、とりあえず乗ってみればいいのだ。
それから、自分が予約した車両と座席をゆっくり探せばよいのだから。
または、もうやけくそと逆切れで、自分の車両または座席ではないところに座るという手もある。地元の人がよくやっている。とりあえず乗ってみたけど、自分の車両は思いのほか遠かった。今から移動するのもめんどくさい。よって、現時点で空いている席に座らせてもらうぞ私は、というやり方だ。
この場合、後から指定席通りの席に座ろうとした人がやってきて、その人は次のいずれかのパターンを選ぶことになる。
・あ、気にしないで。そういうことなら私もどこか空いてるところに座るからと言う
・指定席なのだから、あなたは自分の席をきちんと探して座るべきだと怒る
後者のパターンでは、言われた方が素直に謝り移動する場合と、さらなる逆切れを起こし、そんなこと言われても自分の車両は遠い、乗車時にホームで全力疾走し大層な目にあったんだから疲れている、この際細かいことは気にするなと自分の行為を正当化し、納得できない相手と口論になる場合がある。
書いていて気付いたが、電車に乗るだけで、結構なエネルギーを消耗する。
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この日はキャベツとパセリをお召し上がりになった。
あと、もうひとつ困ることがある。
例えば、進行方向を向いている座席を予約したとする。でも、座るまで、その席が本当に進行方向の席かはわからない。どういうわけだかわからないが、アプリでは進行方向ですよというイラストが描かれているのに、実際に座ると進行方向と逆であることが非常によくある。
最初の頃は、ええ、なんで?と後ろ向きに進んでいく電車にいちいち驚いていた。しかし、毎回驚いていたら、アンダルシア田舎での生活のほとんど全てが進まなくなってしまう。
近頃では、予約するときに進行方向の席かどうかの確認をしなくなってしまった。意味がないからだ。慣れとはこわいものだ。
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そんなわけで、アンダルシア田舎の電車に乗られるときは、心してかかられたい。
基本的には、以下の3つに留意しておいていただければ大体大丈夫だと思う。
1)乗客や車掌さんにいきなり話しかけられる頻度が高い
2)車両の順番や予約した座席を信用せず、臨機応変に
3)ホームではクラウチングスタートの心持ちで
また、特に書いてはこなかったが、隣で大音量で音楽を聴く人、音漏れの激しい人、電話で話し込む人、突然Duolingoをやり始める人(ヘッドセットも何もつけていないので、周りに聞こえ放題となる。よって、自然と他の乗客も参加することになる)、見ず知らずの人と意気投合し、通路を挟んだ隣同士または前後の席でしゃべりまくる人たちなどがいるのは言うまでもない。
そんな中で、すました顔などしていられようか。毎回、なんやこれはと思いながらも、どうしたって笑わずにいられない私がいる。
そして、笑っていると、隣に座っていた人が私を見て君は何を笑っているのだと笑いだすこともある。
そうは言っても。
そうは言っても、私自身、正直もう勘弁してくれと思うこともある。
狂ったようにホームを走りながら、何をやっているんだろう自分はと思う。こんなことをやりにスペインくんだりまで来たのだろうかと。
汗だくでたどりついた自分の座席には、既に別の人が悠々と座っており、私は今回どの戦術でこの方と交渉しようかなと考えることがある。
ゆっくり読書でもと思うときに限って、話しかけてくる人がある。
しかし、私はこういういかにも昭和的なそして絶妙にややこしい雰囲気がなんとも好きなのだ。
心が冷え冷えだったり、ちょっと迷子になっているときなどは、車内でのちょっとしたやりとりや乗車前の混乱に心を温めてもらっている。私のストレス解消法のひとつとでも言えばいいだろうか。
そんなわけで、アンダルシア田舎の電車。
機会があったら是非一度乗って頂きたい。