ポルトガルリベンジ2023③
3種のチーズ、フムス、サラダ、バカラオのコロッケ、生ハム、パン、ポートワインで乾杯した2日目の夜は、義父と夫のしょうもない小競り合いとともにお開きとなった。
翌朝、懲りずに朝ご飯を山ほど食べる。
義父はコーヒーをお代わりしていたが、薬は水で飲んでいた。
私は褒めた。
「おいしい魚が食べたいんですが」
そんなぼんやりとしたリクエストを投げかけた我々に、受付のお姉さんは優しかった。
地図を出してきて、おすすめの町をいくつか紹介してくれる。
時間があったらリスボンまで行ってみようかと話していたが、今回はちょっと難しそうだ。
夫は陶器を見たがっている。
今日は日曜日だ。
そして、義父は陶器に興味はないだろう。
「魚がおいしくて、自然もあるところ」
そんな望みをかなえてくれそうな場所が見つかった。
Taviraというらしい。
◆
1時間ほどのドライブで、Taviraに着いた。
駐車場がなかなか見つからない。
日曜のお昼近く、空は快晴。
みんなが外に出る条件は揃った。
例によって、朝ご飯に時間をかけすぎた我々は、また出発が遅れている。
どうしようもない。
教会の前に、車を1台停められそうなスペースがある。
さあ停めようと思ったら、黄緑色のサインが見えた。
契約者専用か何かだろうか。
諦めて別の場所を探す。
教会の近くにいた警察に聞くと、あっちへ行ってみろと言う。
あっちへ行った結果、道路の脇が空いていて無事停めることができた。
車を停めた場所を覚えておくために写真を撮る。
「Restaurante AVENIDAとありますよ」
「よし、それが目印だ!」
まずは、先ほどの教会に向かう。
コートを持ってきたが、必要なさそうだ。
まだ3月だというのに、今日はアンダルシア以上に暑くなるかもしれない。
義父は既に半袖で、帽子までかぶっている。
教会の前に行くと、先ほど見かけた月極専用のサインが見えた。
夫が見に行く。
説明書きを読んだのだろうか。
笑いながら帰ってくる。
Google翻訳にかけると「彼が地面に残したものを拾う」と出てきた。
どうやらこれは月極専用ではなく、黄緑色の箱の中には犬が道で落としたものを拾うための袋が入っているのではないだろうか。
確かに犬の絵が描いてある。
やれやれ。
着いた早々、ポルトガルマジックにかかってしまった。
ひと笑いした後、街を散策する。
日曜日であることも関係しているかもしれないが、アルガルベ地方に位置するこの町は静かでゆったりした雰囲気が漂っている。
しばらく行くと、帽子屋さんが目の前に現れた。
クルーズに向けて、フェドラ帽かカンカン帽ようなものを探している義父の足が止まる。
「どうかね」
リボンにおもいきり「ポルトガル」と書いてあるものもある。
クルーズなんて行ったことがないからわからないが、舞踏会にお土産屋さんの帽子をかぶっていっても大丈夫だろうか。
「まだほかにもお店があるかもしれませんね!」
適当にお茶をにごして散歩を続ける。
義父と話すときはきまってこの必殺「適当にお茶にごし」を無限に使うことにしている。
広場前には、ゼッケンをつけた人たちがいる。
どうやら、朝からマラソン大会があったようだ。
広場を抜けると、目の前が一気に開けた!
このまま絵葉書になりそうな光景だ。
川向うの街はどんなところだろう。
5分程歩くと、城塞が見えてきた。
城好きの夫のテンションが上がる。
当人は、バナナを食べて心の準備をしている。
城塞の前には、教会がどどんとたっていた。
青空にその白が映えること映えること。
スペインの時計は時間が大きくずれているか機能していないかのどちらかだが、ここの時計塔は正確な時を刻んでいた。こういうところで、ポルトガル尊敬ポイントが上がる。
夫の準備ができたので、城塞へ入る。
中にはビートルズを奏でるギター弾きのお兄さんがいた。
どちらかというと微妙にずれているその音色について皆どうしていいかわからないようで、我々もお兄さんに何となく微笑む形で通り過ぎた。
先ほどの時計塔が見える。
結構上まで登った。
このあたりで、長袖を着てきたことを後悔しはじめた。
さあ、私としては、ここらあたりで本日のメインイベント、おいしい魚を食べる、に移行したい。
それとなく、義父と夫に切り出してみる。
城に夢中の夫と、朝ごはんを食べすぎた義父は、昼ご飯にまで意識がいっていない。
「後悔しても知りませんよ。今日は日曜日ですよ」
それとなく、警告してみる。
私の警告は全く効かなかった。
あまりの暑さに耐えられなくなった我々は、車に戻った。
「暑いし、別の町に行ってから何か食べましょうか」
「そうだな、まだお腹空いてないしな!唐草、君はもうちょっと我慢しなさい」
2人はこの発言を後ほど全力で悔やむことになるのだが、このときはまだ知らない。
◆
30分程車を走らせると、別荘のような建物がいくつもある場所に着いた。
別荘はたくさんあれども、レストランは見当たらない。
ちょうど通りかかったスペイン人らしきカップルに聞いてみる。
このあたりにレストランはない、と彼らが言っている。
車でもうちょっと走った方がいいそうだ。
しかし、目の前に広がる景色に圧倒された我々は気分が変わった。
右手には橋も見える。
どうやら、橋を見たら渡りたくなるのが人というものらしい。
橋から水面まで距離が思ったより近く、へっぴり腰になる。
長い橋の先には線路がずっと向こうまで伸びている。
ここまで電車が来るようだ。
ここで私の写真と記憶はしばらく時を越えている。
どうしてですか?
それは、この後レストランが見つからず、やっと見つかったと思ったら、行列ができており、食べるまでに2時間ほど待つことになったからです。
◆
2時間の早送り後、それぞれがタコ、スズキ、マグロのステーキを堪能した。
その大胆なボリュームに驚いたが、ハーブの効いた味付けが絶妙で箸が進む進む。
ポルトガル尊敬レベルがまた上がった。
◆
お腹が満たされた後は、散歩の時間。
このあたりから私はまた写真を撮り始めたらしい。
そろそろ夕方。
ホテルへの帰り道、海辺の街Vilamouraにに寄ってみることにした。
義父はビーチでアイスクリームを食べたいらしい。
車を降りたあたりで、義父と夫のけんかが始まった。
昨日の小競り合いの続きだろう。
内容は家族内のあれこれで、この10年間解決をみていない問題だ。
普段は誰もあえて話さないが、ここぞとばかりに義父が話を切り出した。
私も少なからず関係している内容でいて、私にはどうにもできないことだ。
もうすぐ日の入り。
砂浜は家族連れやカップルでにぎわっている。
ちぇー
石ころを蹴りたい感情に襲われたが、ビーチなので海水を含んだ砂しかなかった。それでも蹴ってみたら、真っ白のスニーカーがどろどろになっただけだった。
ちぇー!
ちえー!を続けていたら、いつの間にか2人から遠ざかってしまっていたらしい。
義父がやってきて、私の肩に腕を回した。
けんかによりビーチでアイスクリームを食べ損ねた我々は、ホテル近くのスーパーでアイスクリームを購入した。
お昼がかなり遅かったため、夜ご飯は昨日買ったチーズと何か適当に買って済ませることになった。
夫はまだすねているが、スーパーに行くのは嬉しいらしい。
その証拠に、サツマイモを見つけたと言って、飛び上がらんばかりに喜んでいる。今住んでいる町では、日本にあるようなサツマイモを見かけたことはないからだ。
何本まで買っていいかと夫が聞くので、5本まで許可することにした。
ポルトガルまで来てサツマイモを買う、という行動はちょっと面白かった。
◆
4日目、最終日
朝食後、出張先のホテルまで義父を送っていくことになった。
朝10時までにチェックインしている必要があるらしい。
夫は最終日の今日、綿密な計画を練っていた。
「そうそう、10時までにチェックインと言ったけど、12時までにホテルに行けばいいから大丈夫だ。たっぷり時間はある!それに、初日の合同ランチは参加しなくてもいいから、お昼も君たちと一緒に食べられるぞ!どうだい?」
突然の義父の提案に夫がびっくりしている。
夫の頭の中は大忙しだ。
陶器は欲しい、でも父との時間も大事。
けんかもしているが、この2人は兄弟みたいに仲良しだ。
義父も夫ともっと一緒にいたいのだろう。
車の返却期限は19時。
昼食後の16時ごろまでポルトガルにいると間に合わなくなってしまう。
夫は「10時半からお昼:陶器を見に行く」をあきらめ、12時まで義父と過ごすことにしたようだ。
◆
ホテルをチェックアウトした我々は、義父の滞在予定先のホテルに向かった。先にチェックインだけ済ませてしまうらしい。
我々が泊まっていたホテルとずいぶん違うと夫がぼやく。
義父の同僚らしい女性がホテルから出てきた。
「まあ!いつもあなたたちのことは話に伺っていますよ!よかったら、中でお茶でもどうですか?会議が始まるのはまだもう少し先ですから!」
午前中の陶器めぐりの機会を逃した夫は、どうしてもワイナリーに行きたい。
ヒルトンホテルの紅茶とワイナリーを天秤にかけたところ、ワイナリーが勝ったらしい。お茶の誘いを丁重に断っていた。
ホテルを出た後は、ビーチでコーヒーを飲んだ。
今日はけんかなし。よかった。
海沿いを少し歩く。
本当に昼ご飯は食べていかないのかと、義父が夫に何度も尋ねている。
彼らのこういうやりとりを聞いている時間が楽しい。
義父をヒルトンホテルに送っていく。
なぜかナビにホテルが出てこず、何度も迷う。
「まだ行かなくていいから、どんどん迷いたまえ!」
義父が笑う。
ホテルの前で抱擁し、またすぐに会おうと約束する。
今度はけんかなしで。
皆が笑う。
私は義父にいつもの軍隊式敬礼をし、出張が無事に終わりますようにと伝えた。
◆
さあ、アンダルシアへ!
このとき既に12時を過ぎていた。
ワイナリーに寄る時間はない気がする。
「まだたっぷり時間はあります。陶器も見られるかもしれません!」
いつものことながら、夫は楽観的だ。
ワイナリーどころか陶器まで計画に戻している。
しかし、帰りも行きと同じ山道をゆくことになり、これがかなりの時間を要した。
陶器はやめることにしたようだ。
この日もかなり暑い。
ポルトガルとスペインの国境を越える頃には、既に14時だった。
もう14時かと思っていたら、国境に入った途端、14時が15時に変わった。
ああ、時差よ!
学ばない我々は、行きと同じように時差のことを忘れていた。
この分ではワイナリーも無理だ。
夫もさすがに諦めたようだ。
「がんばって運転しましたから、せめてウエルバのスーパーに寄ってもいいですか」
ワイナリーに寄れなくても、ウエルバのスーパーに行けばウエルバ産のワインが買えるはずだと夫が言っている。
この人は諦めていなかった。
高速道路からそれほど遠くないスーパーをナビで探す。
大型スーパーが見つかった。
しかし、曲がる場所を3回間違え、そのたびに違うレーンに行ってしまう。
5分で行けるところを30分かけてお店に着いた。
駐車場の入り口がどこかわからない。
ナビが示す通りに走っていたところ、我々の車はスーパーの目の前を通り過ぎ、気が付いたら駐車場の中ではなく高速道路を走っていた。
「もう帰ります…」
夫は諦めた。
その後、一旦落ち着くため、ガソリンスタンドで休憩をした。
サンドイッチとコーラのほかに、Virgen del RocíoのマグネットとVino de Naranjaというワインを購入したところで夫の機嫌がなおった。
このままだと19時の車返却に間に合わないかもしれない。
慌ててレンタカー会社に電話をする。
「大丈夫ですよ!ゆっくり来てください」
レンタカー会社の担当者はとても優しかった。
19時過ぎに無事に車を返却し、家まで歩いて帰る。
最終的に、夫の綿密な計画はひとつも実行されることなく終わった日だった。
◆
改めてこの4日間を振り返ってみると、とても楽しかった。
旅行としてはホテルの近くをうろうろとしただけだったが、義父と会い、たくさん食べて、笑って、話した。これが何よりの時間だった。
かくして、ポルトガルリベンジは成功に終わった。
その証拠に、私にとってのポルトガルのイメージは大変によいものとして上書きされた。
機会があったら是非また尋ねてみたい。
今度は陶器めぐりとウエルバのワイナリー訪問が可能なスケジュールで。
サツマイモも絶対にまた買う。
そして忘れてはいけないのが時差。
たったの1時間、されど1時間。
皆さまもスペイン、ポルトガル旅では、時差にお気をつけを!
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