見出し画像

きもの本棚㉙『歌舞伎のかわいい衣裳図鑑』*どんな着物が歌舞伎座には向くのか?

はじめに

最新号(令和6年11月末・発売)の月刊『ココハナ』掲載のコミック『銀太郎さんお頼み申す』は主人公のさとりちゃんが、着物の師匠・銀太郎さんの友人・龍子さんに連れられ、歌舞伎に行く話だった。いたく感動し、涙した私はさとりちゃんの真似をしてみたくなった。

着物初心者のさとりちゃんに、龍子さんは今日は「一階のいいお席」だが「二階とか三階なら小紋でも大丈夫よ。気楽に観にきていいの」と教えていた。

どんな着物でもかまわないと、世間は言う。だけれど、羨望の視線を浴びるか、それとも(雅叙園ホテルのトイレにゾロゾロ集まってきた団体客が、そうだったように)冷たい目で睨まれるのかは、その日の心がけ次第なのだ。

だから、私は↓この本の「歌舞伎座に何着てく?」の6ページを費やしたアンケートをじっくり、じっくり、読んだ。

どんな着物が歌舞伎座に向くのか

歌舞伎座は季節感も含めて正統派コーデが主流だ。ただし、着物の格が大事なのは後援会に入って来ている人で、花道の右側やとちり席と最前列の間に座っている。

それ以外は、いろんなタイプ和服を見かける。お正月以外なら、九寸帯に無地場が多くて柄の煩くない着物が一般的と、私は考えている。紬も多いけど、八寸の綴れは、よっぽど、着慣れた方だけで、絣や素朴な八寸帯をしっとりと着こなすのは難易度が高い。

忘れもしない、明治座が休演したあの日。私は歌舞伎座にいた。演目は松緑丈の『韃靼』だった。中々、ドアが開かずに待ちくたびれていると、タクシーで駆けつけた和服姿の女性がいた。歌舞伎座の正面ドアの前で車から降りると険しい顔つきで建物を見上げた。その後、中で座席に着くと、三階西の席に座る姿が見えた。すぐに出て行ってしまったがけれど、きれいな人だった。地色がクリーム色の絣を着ていたのを覚えている。

演目にマッチした着物コーデ

『銀太郎さんお頼み申す』へ、話を戻そう。さとりちゃんが観た演目は『菅原伝授手習鏡』。そして、銀太郎さんがさとりちゃんに貸した着物は、雪輪刺繍の付下げに、雪持ち南天の帯である。松王丸の雪持松文様の羽織を見たさとりちゃんは、自分の着姿が舞台の上の世界に繋がっていることを感じ、こみあげた涙が止まらない。で、マンガを読む私も、もらい泣き。

歌舞伎って、こういう扉が開く瞬間があるのだ。毎回はならないけど、着物で行くと扉が開きやすい。そして、私は【長唄】という鍵を持っている。

そんな理由では十二月は歌舞伎座の二部を選んだ。

『鷺娘』、唄の中身と衣裳替え

女方舞踊の代表作『鷺娘』を七之助丈が舞う。長唄の演奏会では『藤娘』以上に出番の多い曲だ。譜面には宝暦12年(1762年)作曲とあるが、後に手を加え、長い三味線の独奏部分・合方が加えられた。原曲は変化舞踊『柳雛諸鳥囀』五変化のひとつ。市川團十郎が復活させたのは明治19年。『鷺娘』の内容を追ってみた。

①綿帽子

妄執の雲、のワードで唄が始まり、セリから登場

忍山 口舌の種の恋風が
吹けども傘に雪積もつて
積もる思いは泡雪と
消えて果敢なき恋路とや

思ひ重なる胸の闇
せめて哀れと夕暮に 
ちらちら雪に濡鷺の
しょんぼりと可愛らし

※おどろおどろしい歌詞である。ここまでは、舞いも三味線も、じっくりじっくり。鳴物あって、三味線がチチチリチン・シャンラン。「気を変えて」と譜面に書かれている。

迷ふ心の細流れ
ちょろちょろ水の一筋に
怨みの外は白鷺の
水に馴れたる足どりも

※振り付け「羽ばたく」鷺の姿。三味線がじょんじょんじょん、じょんじょんじょん、じょんじょんじょん、じょんじょんじょん。

濡れて雫と消ゆるもの

※三味線に「消し」という「手(テクニック)」がある。右手の指の腹で糸を押さえて、音を消してしまう。まさに「消し」。「消し」は衣裳替えの合図!

②町娘 赤・雪持ち柳

われは涙に乾く間も 
袖干しあへぬ月影に
忍ぶその夜の話を捨てて

縁を結ぶの神さんに
取り上げられし嬉しさも
余る色香の恥かしや

③町娘 紫・流水

合方の間に衣裳替えした舞手の再登場。流行り唄の民謡っぽい節にのせて一番(須磨の~)、二番(繻子の~)の繰り返して「白鷺の」へ

須磨の浦辺で潮汲むよりも
君の心は汲みにくい
さりとは 実に誠と思はんせ

繻子の袴の襞とるよりも
主の心が取りにくい 
さりとは 実に誠と思はんせ
しやほんにえ

白鷺の 羽風に雪の散りて 
花の散りしく 景色と見れど 
あたら眺の雪ぞ散りなん 
雪ぞ散りなん 憎からぬ 

※鼓唄。唄方が小鼓の伴奏で唄う。三味線が小鼓をまねて弾くこともある。

恋に心も移ろひし 
花の吹雪の散りかかり
払ふも惜しき

袖笠や

④町娘 ピンク(鴇色)〜赤(緋色)

※の歌詞で「傘尽し」。道成寺の「山尽し」を思い出しますね! 衣裳はピンクの麻の葉模様です

傘をや 傘をさすならば 
てんてんてんてん日照傘 それえそれえ 
さしかけて いざさらば 
花見にごんせ吉野山 それえそれえ

匂ひ桜の花笠 
縁と月日を廻りくるくる 車がさ 
それそれそれさうぢゃえ 
それが浮名の端となる

⑤鷺の羽の着物

添ふも添はれず剰へ
邪慳の刃に先立ちて
此世からさへ剣の山

一じゅのうちに恐ろしや
地獄の有様悉く
罪を糺して閻王の
鉄杖正にありありと

等活畜生 衆生地獄 
或は叫喚大叫喚 
修羅の太鼓は隙もなく 

獄卒四方に群りて
鉄杖振り上げくろがねの
牙噛み鳴らしぼっ立てぼっ立て
二六時中がその間 くるり くるり
追ひ廻り追ひ廻り
遂に此身はひしひしひし
憐みたまへ我が憂身
語るも涙なりけらし

以上、長唄『鷺娘』


いいなと思ったら応援しよう!