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デザインを価値づけるもの|天理駅前広場 CoFuFun

今から2年ほど前、奈良県の天理市に突如「古墳」が姿を現しました。

古墳といっても、人工的にデザインされたもの。奈良県の北中部、JRと近鉄が乗り入れする天理駅前に誕生した駅前広場「CoFufun」(以下、コフフン)です。設計を担当したのは気鋭のデザイナーである佐藤オオキさん率いるデザインオフィス・nendo。公募型プロポーザルで全国9社による競争の末、見事に1等を勝ち取りました。公共施設の設計には建築家や組織設計事務所が携わることが多く、佐藤さんのようなデザイナーはプロポに参加すること自体が異例です。

とはいえ、佐藤さんは早稲田大学の建築学科出身です。立ち上がった空間には建築や都市空間のデザインコードがきっちり抑えられているでしょう。建築的素養にデザイナーらしい柔らかで大胆な感性が加わることで、従来の駅広に備えられた「利便性」「安全性」「公共性」を超えた新しい価値を感じられる空間が期待できそうです。

これはぜひとも現場を体験したい!そう思い立ち、大阪から 1時間半かけて行ってきました。そこで発見したデザインを価値づける3つのポイントをまとめてみます。これは建築や空間デザインに留まらず、あらゆるプロダクトやサービスに通ずる概念です。ぜひ、皆さんのお仕事にも取り入れてみて下さい。

①統一されたコンセプト

コフフンは真っ白な丘の頂上に遊具を設置し、谷間に芝生やカフェを散りばめた広場です。

天理市内にある少し小高い丘のようなものは、だいたいが古墳。その数はコンビニエンスストアよりも多い。

デザインの着想は、佐藤さんがプロポーザルに参加するにあたり、地元のリサーチやヒアリングを通じ、「古墳」というコンセプトを抽出したことから始まります。当初は本物の古墳らしく、土や木といった自然素材で仕上げることを考えていたようでしたが、東日本大震災の復興需要や東京五輪の特需により木材の価格が高騰。そこで、佐藤さんはプレキャストコンクリート(以下、PCa)の採用を決断しました。

PCaは現場打ちコンクリートとは異なり、あらかじめ工場で作成されたコンクリートをプラモデルのように組み上げる工法です。近年の労務費や資材費の高騰に対する建設コストダウン手法に用いられており、ガンバ大阪の吹田スタジアムでも大々的に導入されています。

PCaには現場打ちの生々しさがなく能面のような均質な表情が特徴です。これがそのままコフフンの空間を特徴付けています。通常、こうした工場制作品は現場での融通が利かず、他の材料に紛れると「いかにも既製品」という安っぽさが生じてしまうのですが、コフフンでは全面的にPCaを採用することで逆に景観の特異性を浮かび上がらせているようでした。

さらに、PCaで組み上げたデコボコは外部空間だけでなく、敷地内にあるカフェの天井にまで採用されています。このデザインコンセプトの統一が内外の連続性を生んでいます。内部と外部をいかに連続させるかというのは、建築を考える上でたいへん重要なテーマなのです。内部空間は雨露を凌ぎ、暑さや寒さから人を守り、高い品質の音響や空気質を獲得できる反面、外部の開放性を著しく損なう欠点があります。そのため、デザインの工夫で内外の連続性を演出することにより、身体感覚を外部に近い状態に維持させることが、快適な空間を作る上で欠かせない要素になるわけです

ありがちなのは全面ガラスを採用し、視覚的に内外を連続させる手法です。しかし今回は「古墳」というコンセプト。「ガラスで透明にして開放感を演出しました」では台無しですよね。コフフンはPCaのデザインを外部の大地と内部の天井で統一することにより、コンセプトを損なわず空間の連続性を演出しています。

カフェのフロアレベルは外部よりも800mmほど下のレベルに設定されており、半地下に入ったような体感でした。天井のデザインが外部の丘と統一されているので、まるで丘の中にいるようです。PCaは熱容量が大きいため、夏でも洞窟のようにひんやりと感じる空間を生み出しています。これらは古墳の「大地の奥底にひっそりと人を祀る」というモチーフと身体的に通ずる設えです。コフフンのデザインは、材料から寸法、そして体感に至るまで、「古墳」というコンセプトと徹底的に整合させていることが分かります。

②徹底したUXデザイン

駅前広場はいかに快適な人の溜まり場をデザインするかが焦点です。外部は起伏のある地形と工夫の凝らされた遊具により、子どもの溜まり場としてクリエティビティを引き出す空間が創出されています。

一方、駅を利用する学生や大人にとっては、溜まり場となるのはカフェでしょう。利用者の視点から言えば、時間つぶしにフラッと入れる敷居の低い気軽な空間であってほしいですね。

コフフンのカフェはそうした利用者目線の工夫がいくつも為されていました。まずレジやキッチンがカフェの定石である出入口付近ではなく、奥に配置されています。注文はセルフサービスで、奥のレジで先に会計を済ませてから席に座ります。この動線は一見すると非効率に思えますが、入店時に店員からの視線を感じることなく、混み具合や全体の雰囲気を見てから飲食するか決めることができる利点があります。

予定まで時間があれば、スマホを見たり、ラップトップで仕事を片付けたりしたいですね。そうなると隣の席が気になりますが、円形のカーブを描いた座席配置を採用しており、視線は重なりません。フロアが外部より低いため、背後の窓ガラスも外部の視線レベルをかわしています。なお、上部から自然光を取り入れるトップライトにより、照度は十分確保されています。デバイスの充電に不可欠なコンセントはベンチ下に設置することで、テーブルのサイズ選択やレイアウト変更のフレキシビリティを確保しています。

これらはユーザーエクスペリエンス(UX)と呼ばれる、利用者にとって「居心地の良さ」に関わる重大なファクターです。全体のデザインの中でついつい見落とされがちな細かな仕様ですが、あらゆるサービスにおいてここが勝負の分かれ道になります。なぜかというと、ユーザーにとって品質という「モノの価値」にもはや大きな差を感じないのに対し、UXという「体験価値」には圧倒的な差が生じ得るからです。ユーザーがカフェをリピートするか否かの決定要因はコーヒーの味ではなく、「居心地の良さ」というUXです。そして、これはあらゆるサービスで再現されています。

蛇足ですが、デザイナーが現場をきっちり見ているかどうかは天井に表れたりします。試しに見上げてみると、ブリーズラインと呼ばれる空調の吹出口が天井の曲率に合わせて緩やかなカーブを描いていることが分かります。神は細部に宿るのです。

③背後にあるストーリー

ここまでデザインのキーポイントとして、コンセプトとUXを挙げてきました。ただし、その二つだけでは「良いデザインだったね」で終わってしまいます。デザインが価値を持つためには、体験が人の記憶に深く刻み込まれることが何よりも大事です。

では、人の記憶に残るためには何が必要なのでしょうか。

あなたは懐かしい音楽を聴いた時、当時の思い出ごと蘇ってきた経験はありませんか。昔の写真を見せた時、ついつい「この時、こんなことがあってさ…」と語ったりしませんか。人は物事を記憶に留める時、必ずストーリーと一緒に刻み込みます。刻まれる深度は音楽や写真そのものではなく、一緒に閉じ込めたストーリーで決まります

プロダクトやサービスも同じです。ユーザーを惹きつけるのは、品質や価格といった機能的価値よりも、背後にある歴史や作り手の言葉のようなストーリーが創出する意味的価値です。コーヒーならば、味や風味、価格をどうこう訴求するよりも、「100年続くブラジルの農園で手摘みした産地直送の豆」というストーリーを与えた方が支持されます。早い話、ブランディングです。

コフフンのストーリーは天理の地域文脈(コンテクスト)である古墳によって規定されます。同じデザインが海辺の町に立ち上がったところで、ただの「新しい公園」「オシャレな広場」に過ぎません。古墳という歴史を呼び起こす、あるいは古墳という地域文脈を再認識する、そうした強いストーリーと結び付いたことで、コフフンはどこでも体験できない価値を獲得できています。ストーリーとは、ある状況における体験が必然だとユーザーに実感させる技術なのです。

Appleやダイソンはプロダクトとブランドが強固に結ばれているからこそ、特別な価値が見出されています。「何を作るか」だけでは足りません。「誰が作るか」「どこに作るか」「どのように作るか」「なぜ作るか」というストーリーとセットになって、初めてデザインは価値を持つに至ります。

コンセプト、UX、そしてストーリーと、デザインを価値づけるポイントを紹介しました。ところで、この3つは何の理論でもなく、僕が感じたことそのままです。もしかすると同じ場所を体験しても、あなたなら全く違う何かを見出すかも知れません。

百聞は一見に如かず。ぜひ体験しに出かけてみて下さい。



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