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新人賞投稿作・感想「殺人館の不死鳥」

新人賞投稿作を読むのが好き

 はじめに断っておくと私は新人賞マニアである。
 各新人賞の通過者の顔ぶれを確認したり、選評を読み、賞の傾向を分析することに読書とは別方向の快楽を見出している。
 そんな私にとって新人賞投稿作(特に最終候補に残り選評が出ている作品)を読むことは無常の喜びであると言える。
 無論、総合的な完成度だけで判断するなら出版社を通して市場に流通しているプロの作品に軍配が上がる訳だが、新人賞投稿作にはプロの作品にはない魅力がある。
 それは編集者というフィルターを通さずそのまま文面に投射された作者の剥き出しのままの個性であり、著者が人生を通して育んできた生の性癖(「性的な」という意味ではなく、「元来持っている」という意味)である。
 またデビュー前から作者を追っておくことで、その作者がデビューを果たした際には名状しがたい喜びを得ることもできる。
 私のことを変態と呼びたければ、それもいいだろう。
 なので私は今後も機会があれば、noteの記事に新人賞投稿作の感想をアップしていきたいと思っている。
 ただ、いかんせん母数が少ないので高頻度では投稿できないと思うのでご容赦いただきたい。
 また感想にネタバレを含む場合は見出しに(※ネタバレあり)と書くので、未読の方は避けていただきたい。

「殺人館の不死鳥」

作品の概要

 本作は城内七月氏が2022年後期のメフィスト賞に応募し、座談会に取り上げられた後、「小説家になろう」(以下、なろうと記す)で期間限定で公開していたものである。
 この記事を書いている時点ではまだ閲覧可能であるが、いつ読めなくなるかわからないので、興味がある方は早めに読み始めることをオススメする。
 座談会の内容を確認すると編集部の一人が「メフィスト賞以外ではデビューして欲しくない」と公言するなど、高い評価を受けているのがわかる。また同時に「当回きっての問題作である」とも述べられており、メフィスト賞に異常性を求めている筆者にとっては読まざるを得ない作品だったのだ。
 作品のあらすじを極めて簡単に説明すると、「孤島で殺人事件が起こるが、殺されたのが実は人間に化けていた不死身の不死鳥だった」と言えばなんとなく雰囲気はわかってもらえるだろう。
 つまり昨今本格ミステリ界のメインストリームとなりつつある「特殊設定本格」の一種であり、かつミステリの伝統に準じたクローズドサークルものである。
 加えて本作は各章のタイトルが既存のミステリのオマージュになっている等、著者のミステリ愛を存分に感じられる作りになっている。

感想(ネタバレあり)

構造について

 まず読み終わった際の率直な感想を述べると、「面白かったけど、流石に長すぎる……」である。
 なろうの文字数情報を参照するとおよそ38万文字だそうだ。
 文字数で言われてもあまりピンとこないかもしれないが、一般的な文字組の文庫が300ページで大体12万文字くらいだ。
 つまり本作は長編ミステリ3作分ほどの分量がある。
 メフィスト賞は上限が設けられていないので他所の賞に出せない大長編が投稿されてきやすいという事情はあるのだが、流石に長すぎる。
 ただこの長さには理由があり、本作は事件発生後、物語が【表】と【裏】の2つに分岐するのである。
 これを読んでいるのは全員既読だという前提なので、どういうことなのか、という説明は割愛する。
 座談会でも述べられていたのだが、この一連の連続殺人事件を【表】と【裏】という両面から描写する方法だが、殺された被害者目線で事件を俯瞰できる設定自体は興味深く、ワクワクさせられる。
 だが、実際に読んでみると途中で息切れしてしまう。
 なぜかといえば、時系列の重なりがあるため、同じ場面を二度描写することになり、読者は同じセリフを二度聞かなけれなならないのだ。
 これはどちらかというと小説よりも映像作品でよく見られる手法で、解決編で事件当時にカットバックして、「実は裏でこんなことやってました!」という事実が明るみになることでカタルシスが生じるというものなのだが、長編全体でやると間延びしているように感じられてしまう。
 ただ個人的には【表】も【裏】もそれぞれ単独の物語として見るとかなり面白かったし、作品の構成的にも「削れないだろうなぁ」とも感じたので、そういうものだと受け入れるしかない。
 挑戦的な構造を活かすのは本当に難しい。
 けれど構造こそがミステリの肝なので、個人的には著者には是非今後も挑戦的な構造の物語を描いてもらいたい。

雑感

 内容の話に移る前に作品の大枠について、もう一つ感じたことがある。
 それは「似たような話を阿津川辰海作品で読んだ気がする」という既視感である。というか「紅蓮館の殺人」のテイストをかなり多めに感じた。
 好んでこんな記事を読んでいる諸兄には説明不要だと思うが、阿津川辰海氏は2023年時点でおそらく最も勢いのあるミステリ作家であり、本格ミステリ界の旗手的存在である。 同氏は特殊設定本格を得意としており、更に探偵が探偵であることの苦悩を描くことに心血を注いでいる節がある。
 翻って、本作を見てみると、「探偵が探偵であることに苦悩する、特殊設定本格ミステリ」というのはかなり阿津川辰海的なのである。
 更に冒頭にある、主人公が過去に探偵となった事件を思い出しているシーンも「紅蓮館の殺人」のワンシーンを想起させる。
「そんなもん無限にあるわ」というツッコミが聞こえてきそうだし、実際にあるだろうが、個人的な感想なのでご容赦願いたい。
 そもそもミステリとは「オマージュの文学」であり、その作品がどの先行作の影響を受けているのかという視点で読むことも多いので、この指摘自体野暮だとも言えるのだが、やはり新人賞を狙う作品ならば既存作が頭にチラつくという事態は避けたほうがいいだろう。
 バランス感覚が大事だ。

トリックについて

 解決編は建物の一部が回転するとか、凶器が実はフランベルジュではなくフランベルジュを2本使ったハサミだったとか、物理面でも色々な真相が次々と明らかにされてかなり楽しい。
 特殊設定面で見ると、鳳凰堂の生き返りには1時間かかるけど、実は生き返りの途中でもう1回殺されていた、という犯行時間の錯誤トリックは「なるほどすげぇ」と感心したが、同時にこのトリックはあまりに特殊設定が設定的すぎるとも感じてしまった。
 これは本作だけではなく「特殊設定本格」全般に言えることだが、よく考えられた特殊設定ミステリであればあるほど、設定を余すことなく使ったトリックが披露されるので、作内で設定が提示された時点で「これをどう変形させるかだよな……」と読者は考えてしまうのだ。
 特殊設定は諸刃の剣(フランベルジュ)だなとしみじみ思う。
 そうはいっても、本作のトリックは完全に私の予想の斜め上をいっており大変楽しめた。

動機について

 今作で最も問題が多いと感じたのはこの部分だ。
 四人の女子の首を切るという犯行は本格ミステリ的ば視点で見ても尋常ではない。かなり常軌を逸した犯行と言うほかない。
 しかし、それを支える動機はどこか覚束ない。
 不死鳥を召喚したかったというのはカルトな理由ゆえに、それを実行するには犯人は倫理の外にいなければならない。だが、今作の犯人はそれほどたがが外れた人物であるようには思えなかった。
 確かに狂っているように描写はされているのだが、それが他の登場人物たちと比べて突出しているかというとそうではない。
 娘をネグレクトしていた理由もいまいちピンとこない。
 また「探偵」というのが、私達が一般的に認知しているそれとはまったく違う職業殺人者の呼称であるというのも突飛な結論で私好みなことこの上なかったが、やはりなぜそういう生き方をしなければいけなかったのか、という点で説得力に欠けように感じた。
 本格ミステリは「説得力の文学」だという。
 突飛な内容だからこそ、読者に「なるほど、そういうことだったのか」と思わせるだけの説得力と材料が必要だと思っている。

キャラクター性について

 上で犯人のキャラクター性に少し触れたが、同時にこの作品はキャラクター性に大変優れた作品であると感じている。
 特に【裏】の主人公ともいえる鳳凰堂椿は素晴らしかった。
 極めて人間的でありながら、人間でない。
 不死身でありながら、人一倍生を重んじる。
 従来、読者が不死鳥が持っているイメージを逆手に取った素晴らしいキャラクターだった。
 特に「自身がなぜ不死身であるか不明故に、不死身なのにも拘わらず、死を恐れている」という設定は傑出しているし、そこの描き方は完璧だった。最終盤での叫びには思わず涙ぐんでしまったほどだ。
 著者は人でないものを描くことにこだわりをもっているようなので、今後も是非自身のこだわりを活かした作品を描いてもらいたい。

結び

 本作の完成度を見ると、これがデビュー作となってもまったく不思議でないと感じたが、それは講談社編集部がもっと洗練された作品でデビューさせたいと思ったためだろうし、この先にデビューのチャンスはいくらでもあるように思える。
 私としても著者の作品を手に取れる日を楽しみにしている。


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