思うだけでは(薬剤師の仕事1)
はじめに
思い出本文は無料です。
定年前は学校の先生だったAさんとの思い出話
糖尿病で受診されており、私がかかりつけ薬剤師。
今もご存命ですが、私の中で大きな後悔と気づきを与えてくれた方です。
Aさんはこんな人
うちの調剤薬局は漢方相談や健康相談を受けていたので、血管年齢測定機器なるものを導入して、定期的にお客さんを集めて測定会をしておりました。
Aさんもそのうちの一人。
定期的に病院受診して来店いただけるお客さんでした。
HbA1cは6.8±0.1(血糖コントロールの指標のこと。Aさんにとっては目標数値で安定している状態。)で維持できており、低血糖もなく安定していました。
運動は毎日犬の散歩。1日1万歩は歩いている真面目な方。
奥さんがカロリーを気にして日々の食事をつくっている。
コーヒーは無糖が好みで、おやつは高カカオチョコレート食べる位。
お酒とたばこはやらない。
政治経済のお話が大好物。
パソコンいじりが趣味。
私をかかりつけ薬剤師に指名した理由は
・いろんな薬を飲んでいるのでいろいろ聞きたい
・困ったときの24時間相談が魅力
・健康相談をしたい
もう一つの理由は私と雑談したいから
だそうです笑
身近に政治経済の話をしてくれる方がいないらしい。
テレビを見ながら文句を言うと、奥さんに血圧が上がるよと脅されるんだそうだ。
まちもり「Aさん、午前中きてもあんまりお話できないですよ~。他のお客さんいなければいいけど。」
Aさん「午後にしかこないから大丈夫よ。」
(うちの薬局は午後暇なんです)
思うだけでは・・・・・・
ちいさな出来事
あるとき、AさんのHbA1cが少しずつ上がってきたんです。
まちもり「今回HbA1cが少し上がってますね。運動や食事は変えましたか~?」
Aさん「ここ1-2ヶ月は暑いから運動量が少し落ちてはいるけど食事は相変わらず。何でですかね~?」
まちもり「おやつも増えてないです~?」
Aさん「増えてないと思うよ~?」
まちもり「運動量が減ったからかもしれないですね。次回検査あったらまた教えてくださいね。」
そういって日本の経済について語り合ってお別れしました。
2ヶ月後、糖内科への定期受診でご来店です。
Aさん「今日もまた(HbA1c)上がってたんですよ。先生からも食べ過ぎとかなかったか聞かれましたけど、そんなことないんですよ。ずっと変わらないんですよね、生活習慣は。」
Aさんは
・わんこが亡くなって散歩にいかないから運動量が落ちた
・ご飯やおやつを食べ過ぎていた
ということもしっかり報告してくれる方だったので、こっそり何か隠していることもなかったんです。
まちもり「このまま右肩上がりなら検査した方がいいですよ~。先生に相談したらどうですか?」
Aさん「そうだね~」
そういうお話をして世界経済について語り合いお別れしました。
「最近会わないな~」
2ヶ月に1回の処方箋での来店がないときも、薬局では血管年齢測定を定期的にやっているもんですから、Aさんとは毎月お会いするんです。
ただ、新型コロナ感染症が国内で発生したせいで、お客さんと接触する機会を減らすため測定会を中止してしまいました。
Aさんのかかりつけ薬剤師といえども、こちらからの電話はとらないタイプの方なのでフォローもできず。
かかりつけ薬剤師の私は、店舗にいるときは必ずAさんのお薬をお出しするんですが、在宅やらなんやらで運悪くいなかったこともあり、お会いできないまま半年が過ぎていました。
その間、2回ほど処方箋で来られていましたが、私が在宅等などで店舗を空けたときの来店でしたので会うことはありませんでした。
薬歴を確認すると、やはりまだHbA1cは上昇傾向。急激にあがったので精密検査をするとの記録がありました。
悪い予想が
私が次にお会いしたのは、さらに4ヶ月ほど経過した後でした。
まちもり「Aさん、お久しぶりです。入院されていたんですね?」
(お薬手帳をお預かりするので、どういう経緯・病気か大体分かるんです)
Aさん「膵臓癌が見つかってね。ただ、手術できる状態だったからとってもらったよ。何本も管につながれて大変だったけど、今は外来で治療できるから。」
AさんのHbA1cが上昇したのを確認していた時期、薬局にはHbA1cの上昇から膵臓癌が見つかる患者さんが急に増えていたんです。
Aさんも検査したかな~っと思いつつ日々の業務でバタバタ。
「ついつい」ではすまない後回しでした。
その後
現在も再発なくAさんはご来店いただいています。
つい先日は選挙のお話で盛り上がりました。
不思議な政党がいくつもあるけど、ネットで政策をみてると意外といいこと書いているらしい。
同じような雑談をしつつも、私は今日も薬剤師の仕事をしています。
考察
今回のケースでは、幸運にも手術可能域で膵臓癌が見つかり手術をすることができましたが、もし手術ができない状況で見つかっていれば、私が「今度また検査したか聞いてみようか。HbA1cが上がってきたのは生活習慣のせいだろう。膵臓癌ではなかろう。」という考えで一度は検査を勧めたものの、積極的に勧めなかった期間が致命的になっていたかもしれません。
「Aさんは食事療法、運動療法は継続して行っています。HbA1cの上昇はありえません。膵臓癌の可能性があるので検査してください。」
こう言えたら楽ですが、自覚症状なくHbA1cが軽度上昇したくらいでは腹部エコーやCTなんてしません。急激に悪化したのであれば検査されると思いますが。
(あくまで偏見に似た私の考えですので、誤っていたら申し訳ございません)
HbA1cの上昇は
「本当は運動量を減らしていた」
「間食や食事量を増やしていた」
「薬を飲み忘れていた」
「最近悩みが多くてイライラしていた」
なんてことが原因にもなります。
ですから自覚症状のないHbA1cの軽度上昇だけでは膵臓癌は疑いません。
病院にはいえなくとも、Aさんの性格や生活習慣まで把握していた状態だったからこそ膵臓癌を疑ってAさんをもっと早く誘導(受診勧奨)できたんじゃないかと後悔しています。
これが100回疑った内の1回だったとしても、99回は取り越し苦労であったとしても、何かしら行動を起こすべきであったと思っています。
「やっぱりそうだった」「あのときもっと強く勧めていれば」
後出しじゃんけんは何の役にも立たないこと、手遅れではすまないことを思い知ることになりました。