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『大きな森の小さな家』を深読みする
昔読んだ本の感想文を書きたくなったので書きます。なんだか長くなってしまいました。
専門店があった頃
祖母は、初孫であった私のことをたいそうかわいがってくれた。本もいろいろ買ってくれた。当時、商店街にはいくつも本屋があったが、祖母が私のために本を買っていたのは、小さな児童書の専門店だった。私はまだ幼くて、どんな本が欲しいのかは分からなかった。祖母も児童書のことを知っていたとは思えない。書店の方に勧められて買ってきた本が年齢不相応だった場合、その本はしばらく本棚に置きっぱなしになった。そして数年後に読むことになる。『大きな森の小さな家』もそんな本だった。読み始めたのは小学校4年生くらいの時だった。
魅力の詰まった『大きな森の小さな家』
舞台はアメリカ。開拓農民の家族の物語だ。5歳(だったかな?)の女の子ローラの視点で話は進む。厚い本だが、文体は子どもに読めるようなやさしいもので、挿絵も美しい。大きな森の中に小さな家があって、父と母と姉のメアリー、ローラ、赤ん坊のキャリーの5人家族だ。農作業や狩猟に忙しい父、家事と保存食の作成に忙しい母、2人を助けるメアリーとローラ(と赤ちゃん)の話は、童話のようだった。なのに、父が鉄砲玉を作る描写も、木のチップを用意して燻製を作る描写も、バターを作る描写も生き生きとしていて、真似をすれば本当に作れるかのように思えた。おいしそうだった。
もう一つの魅力は会話だった。メアリーとローラは、両親を「父さん母さん」と呼んだ。「お父さんお母さん」でも「お父ちゃんお母ちゃん」でもなく、「パパママ」でもなかった。なんとなく、洗練された感じがした。「父さん」の温かな話し方もいい。「母さん」は教育熱心でで、メアリーとローラに対して丁寧な話し方をするよう注意する。2人は「はい、母さん」などと言う。日本の家庭の話だったら不自然な会話なのに、昔のアメリカのお話だと思うと、何も不自然だとは思わなかった。
私は本棚から次々と『小さな家』シリーズを取り出し、読みすすめた。
当時、NHKでドラマ『大草原の小さな家』が放映されていた。すばらしいテーマ曲が流れる中、シリーズ第2作『大草原の小さな家』の表紙さながらの幌馬車とそれに乗る家族の姿に私はわくわくしていた。ドラマの『大草原の小さな家』は原作とは違い、同じ村に定住して暮らしていく。原作にはないエピソードも満載だ。それでも、「父さん母さん」という呼び方や、ちょっと教育熱心な母さんの口調は、私の知っている物語の世界と同じものだった。
話はシリアスになっていく
『大きな森の小さな家』は幼いローラの視点で開拓農家の1年を描いていた。ローラは成長し、一家はアメリカ中を幌馬車で移動していく。ローラの成長にあわせて、物語の内容はシリアスになっていった。文体も少しずつ難しくなっていった。一家は全員が熱病にかかって死にかけたり、収穫目前の小麦をイナゴの群れに食べられたりする。楽しい開拓農家の話を読んでいるつもりだった私は動揺した。それでもローラの家族は希望を持って、日常生活に楽しみを見出して生きていく。私はなんとか読みすすめていった。
『シルバーレイクの岸辺で』を読んだときは、始まりの暗さにめげそうになった。メアリーが失明してしまったのだ。
もう読めない……中断
『シルバーレイクの岸辺で』の次は、『長い冬』である。ここで私は読めなくなった。原因は2つある。1つは、どうも話が難しくなってきたということだ。ローラの成長に伴って文体が難しくなり、開拓の厳しい現実にも触れられるようになっていた。
もう1つは訳者が変わったということである。メアリーはメリーになった。「父さん母さん」は「父ちゃん母ちゃん」になった。教育熱心な母さんは、口うるさい母ちゃんになってしまった。これにはついていけなかった。
後から考えると、5歳の女の子が主人公のお話は童話のようだから、童話のような訳になったのだろう。思春期の女の子が主人公のお話は小説なので、よりリアルな訳をつけたのかもしれない。アメリカの開拓地の家族の話に丁寧語で話す母さんは似合わなかったのかもしれない。でも、まるで話自体が変わってしまったように感じた。
もう一度チャレンジ!
中学生になって、『長い冬』をもう一度読み始めた。「父ちゃん母ちゃん」になってしまったことについては、「父さん母さん」に脳内変換することにした。
『長い冬』は名作だった。開拓地にものすごい厳冬がやってくる。鉄道が止まってしまい、開拓地には何の物資も届かなくなってしまう。小麦も燃料もない。そんな開拓地の危機を、若者が救う(ソリで遠くの農家まで出かけ、来春蒔くために保存してある大量の麦を買い付ける)という話だ。やっとの思いで小麦を手に入れた開拓地の人々の安堵や、長い長い冬が終わって鉄道が動き出し、汽車が町にやってくるラストシーンに深く心が動かされた。
その勢いで『大草原の小さな町』『この楽しき日々』『最初の四年間』と一気に読んだ。最後にローラは結婚する。夫は「長い冬」で小麦を運んだ青年、アルマンゾだ。ローラよりかなり年上である。好きとか愛しているとかいう言葉はなかった。2人が徐々に距離を縮め、信頼し、結婚する場面は、私にとって、とてもリアルな結婚に思えた。
大人になってもう一度読む
その後すっかり忘れていたが、もう一度読むことになったのは、息子を産んでからのことだ。初めての子育てに悪戦苦闘していた。子どもの泣き声に振り回されて、何の家事もできずにⅠ日が終わっていく。すっかり自分が嫌になった私はふと思い出した。「あの物語の中で、母さんは曜日でやる仕事を決めていたよね」と。図書館に借りてきて再び読み始めた。確かに母さんは曜日によってすべき家事を決めていた。しかし、もうそれはどうでもよくなり、私は久々にシリーズ全巻を読破した。それどころか、関連本を何冊も借りてきて読みふけった。
どう考えてもおかしい。子育てにふりまわされて、家事ができなくて、それで参考にしたくて読むことにしたのでは? 家事ができないのに、どうして本を読む時間があったのか。今考えるとさっぱりわからない。ただ、大人になって読み直すと様々な発見があり、子育てをしながら豊かな気持ちになったことは確かだ。
『小さな家』シリーズは、ローラが1人で書いたものではなく、娘のローズの手助けがあってこそ書けたものだということも、この時知った。更に、ローズの養子の方が書いた『小さな家』の新シリーズも読んだ。
新しい視点
子どもの頃と同様に楽しく読みながらも、大人になってから読んだからこその様々な発見もあった。信心深く、教養もある父さんと母さんが、先住民の土地を奪って開拓し、自分のものにすることには何の良心の呵責も感じていないこと。それどころか、母さんは先住民を忌み嫌っていること。期待していた長女のメアリーが失明すると、次はローラに過分な期待をかけているのはひどいのではないかということ。
でもまあ、これは現代の視点から見ればということであって、時代背景から考えれば仕方ないとも思う。
しかし、母さんのことを考えると、「当時はそういう時代だった」と割り切れないものを感じる。
父さんは西へ西へと旅をしていく開拓者だ。周りは森や草原ばかり、誰もいないところに家を建てて開拓していく日々は、母さんにとって過酷なものではなかったのだろうか。1人で出産、子育て、家事をこなし、冬を越せるだけの保存食を用意するのは並大抵ではないだろう。しかも、母さんは独身時代は学校の先生だった人だ。子どもたちにしっかり教育を受けさせたいと願っている人だ。やっと落ち着くと思うと、また西へ向かう父さんのやり方に絶望することはなかったのだろうか。いやいや、当時のアメリカの女性たちは平気だったのだろうか? 私だったら絶対に嫌だ。心細いし、体力がもたない。
書かれなかったことは何?
『小さな家』シリーズの関連本を読んでいると、ローラが「本当にあったことしか書いていない」と言っていたことが分かった。ただし、「あったけれど書かなかったこと」はけっこうある。物語の中では、ローラは四人姉妹ということになっているが、実際には弟も生まれており、すぐに亡くなっているらしい。ホテル経営をしていたこともあったらしい。テレビドラマ『大草原の小さな家』の中にあった、弟が生まれた話(死んでしまい、父さんが落胆する)や、ホテル経営をする話というのは、実際のインガルス一家をモデルにしていたことを知った。その他、極貧時代があったりと、けっこう細かい違いがある。
ローラは人生の様々な思い出の中で、何を選びとって物語とし、何を選ばなかったのだろう。なぜ選び取ったのか。 なぜ選ばなかったのか。
また、読者は、幼いローラやその姉妹が成長し、ローラが結婚するまでを楽しく読むことができるが、作者のローラはその後のインガルス一家のことを分かっていてこの物語を執筆している。インガルス家の四姉妹のうち、子どもを産んだのはローラだけで、そのローラの娘のローズには子どもがいない。インガルス家を語り伝えることができる子孫はいない。
ローラはそれを意識して、インガルス一家の物語を理想的な形で残そうとしたのだろうか。いやいや、ローズが思っていたことなのか。
こんなことを考えると止まらない。
大人になって読んでも、『小さな家』シリーズは面白いのであった。
最近全然読んでいないのに、ふいに思い出したら止まらなくなってしまいました。長い話を読んでいただき、ありがとうございました。
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