日曜日のマフィン
日曜日の朝。まだぼんやりとする頭のままで、ふらりとキッチンに立つ。我が家の朝ごはんは、いつもその日の気分任せ。冷蔵庫を覗き込んで、何かおいしいものが眠っていないかと確認する。平日なら簡単にトーストとジャムで済ませるけれど、今日のように時間がたっぷりある朝は、もう少しだけ手をかけたくなる。
冷蔵庫の中には、片隅に追いやられているりんごジャムがあった。甘くて優しいあの香りを思い出して、すぐに決まった。今日はマフィンを焼こう。
そうと決まれば、まずは小麦粉を軽量する。ぱふっと空気を含んだ白い粉が、ボウルの中にやわらかくつもる。そこにベーキングパウダーを加えて、さらさらと混ぜ合わせる。余計な音もなく、白さの異なる粉と粉が出会うこの工程が好きだった。
バターはレンジで溶かしておく。熱を帯びた琥珀色の液体が、ほんのりと香ばしい匂いを漂わせる。
別のボウルに卵を割り入れ、スプーンいっぱいの蜂蜜も加える。泡立て器でかしゃかしゃと混ぜたら、溶かしバターもゆっくり加えふたたびかしゃかしゃと混ぜる。
そして、先ほどの粉たちを振るい入れる。さくさくとゴムベラを動かしながら、ひとつにまとまっていく感触がたまらない。最後にりんごジャムをたっぷり加えると、生地全体に甘酸っぱい香りがふんわりと広がった。
マフィン型に生地を入れたら、180度に予熱したオーブンへ。扉を閉めると、すぐに甘くてやさしい香りが部屋の中に満ちていく。
私はオーブンの前に近くの椅子を引き寄せ、温かいコーヒーを一杯注ぐ。湯気が立ち上るカップを手に持つと、じんわりと体が目覚めていくようだ。窓から差し込む朝の光が、キッチンの片隅を優しく照らしている。
オーブンの中では、生地がじわじわと膨らんでいく。ガラス越しに見えるその様子が、まるで何かの成長を見守っているようで、心も穏やかになる。コーヒーのほろ苦さとバターの香りが混じり合って、胸いっぱいに幸福感が広がる。
やがて、オーブンのタイマーが静かにカウントダウンを始める頃、カップを置いてゆっくり立ち上がる。さて、次はサラダだ。
冷蔵庫を覗いた時、今朝のサラダのイメージは出来ていた。パリパリのレタス、つややかなトマト、緑鮮やかなブロッコリー、そしてパプリカの黄色。新鮮な野菜たちがキッチンに並ぶと、それだけで目が覚める気がした。
サラダを冷蔵庫にしまい、振り返ると、ちょうどマフィンが焼き上がったところだった。オーブンを開けると、りんごとバターの甘い香りがふわりと広がり、キッチンの空気がゆっくりと温かく満ちていく。
マフィンを冷ます間に、テーブルの準備をする。お気に入りのランチョンマットを敷き、カトラリーとグラスを並べる。そのうちに、「いい匂いがする」と子供たちの声が聞こえてきた。寝ぼけた顔のまま、小さな手がマフィンに向かって伸びる。
夫も遅れて起きてきて、そんな子供たちを見て笑う。その笑顔につられて私もふふっと笑う。ただそれだけのことが、この上なく満ち足りている。
なんの変哲もない朝。でも、りんごと小麦粉とバターの香りに包まれていると、世界が少しだけやわらかくなった気がする。このぬくもりが、どこまでも続けばいいのにと思う。
そんなことを考えながら、静かにマフィンが冷めていくのを見つめていた。