『私の物語』イマジネーションの世界 死と生がもたらす私だけの物語
小さいころから本が好きだった中学2年生のAさん、読書体験とは「死と生」であることに気づき、物語を読むことから、自らを表現するもの物語を作ることまで研究をはじめました。
■作品づくりの歩み 担当講師 黒木里美
発表会の前々日。中学1年生のAさんが、スライドを完成させる最後の授業にやってきました。ところが、彼女がはじめたのは、原稿を一からは書き直すという無謀ともいえる挑戦でした。
Aさんは、本が大好きで、毎回に授業でも5冊10冊と借りていきます。休憩中だけでなく、授業の隙に本が読めるようにと、机に重ねたままでいるほどです。
本を読むだけでなく、絵を描くこと、工作をすることも大好きで、将来は建築士になりたいという夢を持っています。
※キャラクターについて研究したAさんの作品です。ぜひ合わせてご覧ください。
発表会の研究が始まる12月、Aさんが提案したテーマは「漫画」でした。講師は、絵が上手なAさんのことなので、漫画を描きたいのかな?と思いましたが、そうではないようです。
「漫画」が好き、読んでいて楽しい、漫画のことを知りたいというAさん。講師も漫画は大好きなので、昭和の少女漫画の歴史を学べる書籍を用意しました。さすがAさんは、昔の漫画もよく知っていて、歴史についても楽しく学べることができました。
ところが、肝心の研究はというと、なかなか進みません。
「漫画を描くという研究にしてもいいんだよ」と声を掛けますが、しばらくの沈黙ののち、俯きながら「漫画を描きたいわけじゃないんです」と一言。
その後、漫画からもう少しテーマを広げ、「物語」について考え始めます。
漫画や本を読んでいる時に、現実の世界を忘れているような感覚、読み終わった時の達成感、これが物語の持つ最大の魅力だと気づきいたからです。
そこから、現実の架空の世界を行き来するストーリーの作品を何冊も読みました。ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」「モモ」や、日本の児童文学からも物語を語るヒントを得ようと、Aさん自ら本を選び読み続けました。そのころからようやく、スライドも、原稿も少しずつ書き溜めていくことができました。
発表会を前日に控えた午前。
原稿もスライドも、あと少し、もうまとめを書けば終わりというところまで、こぎつけていました。
ところが、教室に来たAさんは、どこか不安げで、緊張した様子です。
この一年、コロナ禍でのなれない中学校生活、部活や試験とあわただしい日々を過ごすなかで、絵を描くこと、物語を作ること、工作をすることが大好きなAさんが、創作活動を止め、じっと漫画や本を読み続けてきました。
物語の魅力以上に、Aさんには語りたいことがあるはず。
本当は、自由に表現できていない自分の気持ちとこそ、表現したいものなのではないか?
小学2年生から彼女の成長を見守り続けたからこその決断だったと思います。
「Aさん、原稿、全部書き直す?」
この質問の先には、まっすぐと見返してくる大きな瞳がありました。
そして、静かだけれど、力強い声で「そうします」と一言。
今回は、3か月かけて作った原稿を白紙にして、たった一日で書きあげた作品です。
しかし、そこには、中学生1年生の1年分の心の葛藤と成長が詰まっています。
Aさんの勇気と、自分を信じる力を作品から感じていただければ幸いです。
■生徒作品
「物語」とは何なのでしょうか。
私にとって物語とは、「死と生」だと思います。
なぜなら、私は本を読んでいる時、意識はあるけれど、自分のことや現実のことなど、何もかも忘れているからです。
私は小さい頃から本を読んでいますが、物語を読んでいるときに話しかけられて応答したことは、ほとんどありません。
意識はあるけど、周りの声も聞こえず、自分のことも忘れているというところが、”死’’に似ていると感じました。
逆に、物語を読み終えた時は、周りの声も聞こえるようになり、その時は達成感があります。
この、周りの声も聞こえるようになり、自分のことも、現実のことも思い出すというところが、”生’’に似ていると思いました。
私は次に、物語を書くということについて考えてみることにしました。
まず、物語を書いている自分を想像してみました。
私の心は落ち着いていて、目をつぶって考えています。
書きたい気持ちはあるけれど、物語のアイディアが浮かばなくて、悩んでいる自分が見えました。
アイディアが浮かばないときの気持ちをイメージにすると、広大な砂漠に木が点々と生えている風景が浮かびました。
私は物語を書きたいと思っているけれど、アイディアが浮かばないのが嫌で、物語を書こうとしないのだと思います。
ですが、アイディアが沢山浮かんでくるなら、物語を書きたいと思います。
以前は、物語やキャラクターを沢山作っていたけど、今はあまりかけていません。
なにかもやもやしたものが心の中にあり、それをうまく表現できない。
皆さんも、このような経験はありますか?
実は、この研究も、テーマについて、本当に悩んでいました。
はじめは、物語について考えるため、漫画の研究からはじまり、ミヒャエルエンデの小説を読み、様々な物からヒントを得ようと悩んでいました。
それでも、私の心の中の、もやもやしているものはなくなりませんでした。
私は、岡本先生に「なぜ人は物語を作るのですか?」という質問をしました。
すると、「表現のレベル」についての表を私に見せてくれました。
この表は、こころを言葉にする時の段階が書かれています。
下の5つが言葉にならない表現で、上の2つが言葉による表現です。
みなさんにも、言葉にできなくても、心の中に浮かんでくる情景や情動、あるいは色や音楽、空気感、形などがあるのではないでしょうか。
そうした言葉にできないものにこそ、本当の美しさや意味があり、知っているどのような言葉でも、正しく表すことはできないと感じることもあるかもしれません。
言葉になっているものも、まだ言葉にならないものも、どちらにも大切な価値があります。
ですが表現のレベルを行き来できるようになれば、より柔軟に、自分の内面を伝えることができるのです。
私は、いろいろな感情を、風景のようなイメージにしてみました。
友達と喧嘩して、どちらが正しいのかわからないことがありました。
そんな時は、濃い霧の中で迷っている自分が浮かびます。
寒くて、湿気が体にまとわりつくように、じめっとしています。
大好きないとこにあった時は、雨上がりで、虹がかかっている空が思い浮かびました。
空はまだ薄く曇っています。
草原には水たまりがあって、光っています。
こうした表現をすると、自分の気持ちを、ただ言葉にするよりも、より具体的に表すことができるように感じました。
私にとって物語とは、「死と生」だと、最初に述べました。
それは、「想像の世界」と「現実の世界」と言い換えることもできます。
死があるからこそ生があるように、私は、想像の世界が豊かだからこそ、現実の世界も頑張って生きることができるように感じます。
この研究を通して、自分が思ったことを言葉にできなくても、焦らずに情景などに表すことで、もっと自分の表現ができることを学びました。
さきほど、アイデアが出てこないときの心を、広大な砂漠に木が点々と生えている風景に例えました。
しかし、その時、すでに、私は、物語の世界を作っていたのです。
もしそうやって世界がつくれるのなら、私も物語をつくりたい、と感じました。
ぜひみなさんも、本を読み、自分の物語の世界を広げていってください。
これで発表を終わります。
聞いてくださって、ありがとうございました。
■作品を振り返って
【これはどのような作品ですか?】
自分にとって物語とは何なのかを考える作品。
【どうしてこの作品をつくりたかったのですか?】
昔から物語が好きでよく読んでいたから。 物語が好きだし、物語の意味を知りたかったから。
【作品づくりで楽しかったことは何ですか?】
物語をいろいろ読んだこと。ミヒャエル・エンデの『モモ』『はてしない物語』この研究があったからこそ出会えた物語だと思う。
【作品づくりで難しかったことは何ですか?】
発表会前々日に、最初から原稿を考え直したこと。(辛い?)一から考え直すから、焦ったし、難しかった。
【作品作りを通して学んだことは何ですか?】
物語とは、自分にとって死と生だということ。
【次に活かしたいことや、気をつけたいことはありますか?】
もっと慎重にテーマを決めること!最初は、好きだから漫画をテーマにしようとしたら、範囲が広すぎてまとまらなかったから。
【来年、研究したいことはありますか?】
今のところは考えてない。(思いつかない)
【この作品を読んでくれた人に一言】
読んで下さり、ありがとうございます!