継体戦争と蘇我稲目

 黒岩重吾「北風に起つ」の一節に,「大兄王子(男大迹王の子)の一行は乃楽山を越え,磐之媛命の墳墓まで来た。磐之媛命陵はもちろん伝承で本当に磐之媛命の墳墓かどうかはわからない。主軸全長は219m,5世紀の巨大古墳である」とあります。6世紀初頭において,わずか60数年前の古墳の主すら定かでなかったのか? と一時は疑問に思いましたが,これは”現代人の視点から見て情報があやふやだ”という注釈的な記述であり,大兄王子には被葬者はわかっていたとも読めます(磐之媛命は神功皇后,応神天皇,仁徳天皇に仕えた豪族・葛城襲津彦の娘で,仁徳天皇の皇后)。
 しかし,さもありなんと思わせる事例があります。垂仁天皇陵などに比定される市庭古墳は,平城京の建設に際して前方部が破壊されました。これは遷都より200数十~300年前の古墳ですが,何らかの古墳であることはわかっていたにもかかわらず,今上天皇の住まいの建設のためにはおかまいなし,「墳墓が見つかったら埋め戻し,酒を注いで魂を慰めよ(続日本紀)」という詔を発したうえで工事を強行したといいます。巨大古墳は被葬者の権威を誇るモニュメントであるはずなのに,古墳の価値を否定するようなこの政策は,古墳時代の終焉を如実に示すものともいえます。しかし,たとえ2,3度皇統の断絶があったとしても,少なくとも継体天皇以降は一系の,正統な皇統の継承者が,そもそも先祖の墓の所在地を知らず,見つかったら「墓じまい」を命じるというのはどういうことでしょう。この詔を出した元明天皇の代に,皇室の系譜を確立するために「古事記」が編纂されたことを鑑みるとなおさら理解に苦しみます。古墳の破壊は盗賊や戦国大名によってのみ行われてきたことではなく,皇室自らも行っていたことに衝撃を受けました。

ヒシャゲ古墳(磐之媛命陵)外堀遊歩道


 「北風に起つ」は,男大迹王(継体天皇)の都入りの遅れを戦術面から巧みに描いた大作です。暗黒時代の歴史に対して,わからない,証拠が出るまではうかつに論じ得ない,という姿勢ではなく,これくらい大胆に想像力をめぐらせて情景を思い描いてみることが大切です。まずは天皇がもともと武人の頭であったこと,武器が未発達なほど戦いは獰猛で全体力をぶつけ合うものだったこと(特に馬の伝来以前は),支配領域を広げるにつれて地方豪族との連携の必要から有力豪族の連立政権へ変化した,といった点を念頭に置き,今後も考察を進めていきたいと思います。
 それにしても,武烈天皇が後継者をのこさずに没した後,5世代前の男大迹王を担ぎ出すことに異論が噴出し,それが都入りの大幅な遅れにつながったのであれば,ここでうやむやと王政を廃止し,紀元前6世紀ローマのごとく”豪族共和政”に移行する目はなかったのでしょうか。日本共和国が6世紀に成立していたとしたら,いろいろな想像が湧きます。聖徳太子の開明的な政治も,大化の改新もなかったでしょう。しかし用明天皇以降の物部・蘇我の激しい権力闘争,継体天皇死没からわずか60年後の天皇暗殺事件~天皇を主体とする国家をめざした崇峻天皇を暗殺して尚も新たな天皇を擁立したこと~を考えても,天皇は氏姓制度で体系化された豪族の連合体を維持するに不可欠な権威として,深く浸透していたのでしょう。また,大陸と対等な外交を行ううえでも天皇の存在は欠かせないものでした。
 古代人は語彙が少なく片言の言葉で原始人的なやりとりをしていたようなイメージをもつかもしれませんが,この継体戦争の2世紀半後に編纂された万葉集を見ても,豊かな情緒と表現力をもっていたことがわかります。現代の庶民のポエムtwitterと比べると明白ですが,知性・品性とも古代人のほうがはるかに上です(否,最近は庶民の間でも和歌がブームのようなので,ここは古代の落書きと比べるべきでした)。歴代の大河ドラマをさかのぼると奥州藤原氏が時代設定としては最古です。来年は紫式部ということで,平安貴族の色恋を描いても面白みがないと最初は思いましたが,古代へと時代を更新することに大きな意味があります。今後さらに奈良,飛鳥,古墳,弥生時代へさかのぼってほしいところですが,NHKによると過去のセットが使い回せるため,どうしても近世以降が多くなるとのことです。しかし最新作を見ると,背景をCGで違和感なく描く技術が採算的にも確立されてきたようです。
 蘇我稲目を主人公とする「北風に起つ」には多彩で個性的なキャラクターが登場,父子間や夫婦間の感情の機微が生き生きと描かれており,ロングランの大河に値します。さらに弥生時代では横光利一の「日輪」を原作に卑弥呼を描いてはどうでしょう。大河では架空の人物を主人公に立てたことがあるくらいなので,不詳な部分は大胆な仮説をもとにどんどん演出してかまいません。九州説を題材とすることに反発が出るのは必至なので,年月をおいて大和説を下敷きとした別プロットで再度取り上げればよいでしょう。

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