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新美南吉『ごんぎつね』を読む

 日本中の教師が実践し、既に教材研究し尽くされている『ごんぎつね』。この物語に新しい視点を提示するのは難しいことです。しかし、今回はあえてその『ごんぎつね』に挑戦してみようと思います。

最後の6場面を紹介します。

その明くる日も、ごんは、くりを持って、兵十のうちへ出かけました。兵十は、物置で縄をなっていました。それで、ごんは、うちのうら口から、こっそり中へ入りました。
 そのとき兵十は、ふと顔を上げました。と、きつねがうちの中へ入ったではありませんか。こないだ、うなぎをぬすみやがったあのごんぎつねめが、またいたずらをしに来たな。
「ようし。」
 兵十は立ち上がって、なやにかけてある火縄じゅうを取って、火薬をつめました。そして、足音をしのばせて近寄よって、今、戸口を出ようとするごんを、ドンとうちました。
 ごんは、ばたりとたおれました。
 兵十はかけよってきました。うちの中を見ると、土間にくりが固めて置いてあるのが、目につきました。
「おや。」
と、兵十はびっくりして、ごんに目を落としました。
「ごん、おまいだったのか、いつも、くりをくれたのは。」
 ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。
 兵十は、火縄じゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。

 兵十が駆け寄ってきてからラストまでの部分は、何度も何度も研究授業で扱われてきました。そこで、今回は火縄銃を撃つ前に視点を当ててみます。
 兵十は、裏口から中に入るごんを見つけ、銃で撃とうと瞬時に考えたでしょう。躊躇する理由はありません。兵十にとっては「たかが狐」であり、しかも、悪さばかりする「憎い相手」だからです。ごんを見つけてから引き金を引くまでの、兵十の行動を想像してみます。

ごんを撃つために兵十がしたことは何か

(1)物置を出て納屋へ向かう。
(物置と納屋は、わざわざ書き分けられているので、別の建物だろう。しかし、貧しい兵十の家では、すぐ隣の小さな簡易的な建物だと想像される。)
(2)納屋に掛けてある火縄銃を取る。
(納屋は小さい。入り口を入ってすぐ近くに火縄銃は掛けてあったはずだ。おそらく、火薬、火縄、弾丸も近くにあったに違いない。)
(3)火縄銃の準備をする。
①火薬と弾丸を銃口から入れる。
②朔杖(かるか)で火薬と弾丸を数回押し込む。
③火蓋を開いて点火用の火薬を火皿に入れる。
④いったん火蓋を閉じる。
⑤火縄の先に火をつける。
(この時点で火を熾していては逃げられてしまうので、火種はどこかにあっただろう。例えば、家の外にあるかまどの熾火などが考えられる。つまり、いったん納屋を出て、かまどへ移動するひつようがあったはずだ。少なくとも納屋に火種があるはずはない。)
⑥火ばさみに火かついた火縄を挟む。
(4)足音を忍ばせえて家の裏口へと進む。
(狭い敷地の小さな母屋だ。大した距離ではないだろう。しかし、音を立てないようにゆっくり、慎重に足を運ぶ必要があった。)
(5)戸口を出ようとするごんを撃つ。
①戸口が見えるところまで移動したところで火蓋を開き、発射準備をする。
②ごんを見た瞬間に狙いを定めて引き金を引く。一瞬の出来事だっただろう。

 さて、ここまで要した時間はどれくらいだったでしょう。おそらく1~2分では無理でしょう。兵十が火縄銃の扱いに熟練していたとしても、早くて3~4分はかかったと予想されます。兵十は、このチャンスを逃すまいと細心の注意を払い、物音を最小限にし、自分の気配を消して、準備を進めたに違いありません。引き金を引く瞬間に向けて集中力を高めていったと思います。

家の中でごんは何をしていたのか

 一方、この間にごんは何をしていたのでしょう。ごんは、裏口から中へ入り、持ってきた栗を土間に固めて置きました。小さな家なので、裏口から入ったところが土間でしょう。土間は玄関ともつながっていたと考えられます。栗を置いた場所は詳しく書かれていませんが、裏口の付近ではなく、玄関に近い方、つまり兵十が家に上がる場所あたりではないかと予想します。
栗を固めて置くのは、兵十への贈り物である栗を丁寧に扱いたかったという気持ちもあるでしょう。しかし、それだけではなく、ばらばらと音を立てて投げ捨てては見つかってしまうので、音を立てないように静かに置いたからでもあったでしょう。
 そこで疑問が生じます。何度も言うように、兵十は貧しく、小さな家に住んでいます。裏口から入り、栗を置いて外へ出るまで、どれくらいの時間が必要でしょうか。例え音を立てないようにそっと静かに置いたとしても、1分もあれば余裕で出てこられたのではないでしょうか。それに対して兵十の準備には時間がかかります。その間、ごんは何をしていたのでしょうか。
 もちろん、物語にそんなことは一言も書かれていません。手掛かりは、「ごんが兵十の家の中に入ったのは、この日が最初である」ということです。この日までに、ごんは何度か鰯や栗、松茸を届けています。でも、鰯は裏口から投げ込み、栗や松茸は物置の入り口に置いて帰るだけでした。

 ごんの償いは、兵十への一方的な思い入れ、偏愛によって行われています。愛の対象である兵十の家に初めて入ったごんは、興味津々だったのではないでしょうか。兵十の暮らしの匂いをしばらくじっと感じていたのかもしれません。その挙句、栗を置く場所を迷ったのかもしれません。自分の巣穴の奥でしていたように、兵十とおっかあとの暮らしを妄想していたかもしれません。何をしていたのかは想像するしかないのですが、確かにごんには思いを巡らす時間があったのです。

 引き金を引く瞬間に向けて手早く着実に準備を進める兵十に対し、しばしまったりと時間を過ごし暮らしの匂いを嗅ぎ取ろうとするごん。その対比に、この場面の緊張感が凝縮されているように思います。最後まですれ違いの悲しさが描かれているのですね。

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