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松任谷由実「DESTINY」 ~安いサンダルを履いていたのは偶然だったのか~
Destiny 松任谷由実
ホコリだらけの車に指で書いた
True love ,my true love
本当に愛していたんだと
あなたは気にもとめずに走り出した
True love ,my true love
誰かが待ってたから
……………
冷たくされて いつかは
みかえすつもりだった
それからどこへ行くにも
着かざってたのに
どうしてなの 今日にかぎって
安いサンダルをはいてた(今日わかった)
空しいこと
むすばれぬ悲しいDestiny
DESTINYは、1979年に発表された曲である。彼氏が車で迎えに来ることや、カッコいいスポーツカー(今どきクーペは死語だ)がステータスの象徴になっていることが、時代をよく表している。
ところで、彼女は、その日偶然に安いサンダルを履いてしまったのか。それとも、あえて安物を履いたのか。どちらを思い描くかによって、この歌の物語は違う世界を見せてくれる。
一般的な物語
この曲の物語を追ってみよう。彼女は彼のことを心から愛していた。それが大人の本当の愛だったのか、この時の彼女には若すぎて分からない。一方、彼は少なくとも二股をかけている。彼にとっての本命は、彼のことを待っている別の誰かなのだろうか。それともどっちも遊びの相手に過ぎないのか。少なくとも不誠実な男だ。
やがて、彼から別れを告げられる。冷たい言葉で傷つきながら、彼女は「いつかは見返してやりたい」と、どこへ行くにも着飾って最高の女になろうとする。それが見せかけであったとしても、彼女の決意は固い。自分が愛した彼は、外見に心を惹かれる男だと知っているからだ。そんな男に合わせようと、他の誰かに見せるためではなく彼のために着飾る彼女に、哀しみが滲んでいる。
何年か過ぎ、偶然、彼に出会う。彼は緑色のスポーツカーに乗って現れ、窓を開けて口笛で彼女を呼ぶ。彼女を対等な女性として見ている男なら、例え別れた相手であったとしても口笛で呼ぶなんてできない。かつては埃にまみれていた車も、今やピカピカに磨かれた高級車になっている。彼は順調にステータスを上げていたのだ。「緑のクーペ」に、彼の自己顕示欲の強さがよく表れている。
彼に再び会う日のために、最高の女を演じようと着飾ってきたのに、今日に限って安物のサンダルを履いてしまったことに気づく。その瞬間、彼女は悟る。所詮、私は彼とは結ばれない運命だったのだ。再会の日だけを生きがいに生きてきたはずだったのに、彼女の心には空しさだけがつのった。
この後、彼女はどうしたのか、それは書かれていない。そのまま立ち去ったのか、それとも挨拶くらいはして別れたのか。いずれにせよ、惨めな自分を抱えながら運命を悲しんだことだろう。
見た目が10割の最低男に合わせようと、着飾って演じることで保ち続けてきた自己像は、サンダル一つで崩壊していく。所詮、彼女の方も浅はかな女に過ぎなかった。そう考えると彼女は哀れだ。
もう一つの物語
ここで、別の物語を想定してみよう。
あの日、彼と彼女は偶然に街で再会したのではなかった。何かのきっかけで二人は連絡を取り合い、彼が彼女の家に車で迎えに行ったのだ。家の前に停まった彼の車は、緑色のクーペ。空を映すほどに磨かれている。もちろん、彼女は完璧に着飾って待っている。
かつて、彼の車は埃まみれだった。硬質で冷たいボディに指で文字を書く。彼女の指には確かにリアルな感触があった。しかし、今は遠い空を映すのみ。ふいに彼女の心に浮かんだのは、この男とは住む世界が違うのだという思いだ。窓が開いて車内から彼が口笛を吹く。彼女には、口笛の音だけが耳に届く。しかし、その音を出す男の姿は、もはや自分が愛した昔の彼ではなかった。
玄関には既にヒールの高いパンプスが準備してあった。しかし、ここで彼女が選んだのは、普段使っている安物のサンダルの方だった。彼女は悟った。所詮、この男とは一緒にはならない運命だったのだと。再会する日だけを生きがいとしてきたこれまでの人生は、いったい何だったのか。これが自分の運命だったなんて、あまりにも空しく、あまりにも悲しい。
そう、彼女はこの日、自分から男に見切りをつけて、新しい人生を歩もうとした。見せかけの自分ではなく、安物のサンダルでも街を闊歩できる、本当の自分として生きよう。それが彼女の「今日わかった」ことなのだ。
こう考えると、彼女も救われる気がするのだが、そう思うのは私だけだろうか。