御本拝読「ペンギンクラシックスのデザイン」
ペンギンの心意気
英国の出版社・ペンギンブックスが手掛ける中でも、各国の古典や名作を中心にするシリーズが、ペンギンクラシックス。黒字にオレンジの細い帯、その中央に小さなかわいいペンギンのマーク、といえば、誰でもどこかで目にしているはずだ。
このペンギンクラシックスの歴代の表紙、装丁を集めたのが本書である。本シリーズは主に何十年何百年と読み継がれる古典・名作がテーマになるので、同じ内容の本の装丁が時代によって都度刷新されていく。その度に、担当するイラストレーターやディレクターは煩悶し苦労し、工夫し、ペンギンクラシックスにしかない装丁を作り上げていく。
それが古典であればあるほど、ペンギンクラシックス以外の出版社(英国内や英語圏以外の多くの他の国も含む)が出版していることも多い。その中でも凛と輝くように、ペンギンクラシックスとしての誇りをもってブックデザインをする。それに関わるさまざまな職人の仕事やコメントがぎゅっと詰まった一冊だ。
実は、本書の中には直接的な性的描写のあるものがある。普通に考えるとエロティックで子供や青少年には見せられないようなものになるのだが、あまりにもグラフィカルで淡々として、感心するしかない。扇情を全て排除し、ペンギンクラシックスとして堂々と凛とした顔で鎮座している。実は、この態度が、もっとも本書の心意気を示しているのかもしれない。
かの有名な「シャーロック・ホームズシリーズ」の装丁も、よくある鹿撃帽やパイプ以外の要素で構成されていて新鮮だし、「蠅の王」も相当に熟慮を重ねられたことが分かる。ネタバレやミスリードの可能性を排除し、書物の商品パッケージとしての素晴らしい装丁を追求した一冊で、どのページにも味わいがある。
デザインの裏側
日本の職人は、割と無口で「背中で見せる」タイプが多い気がする。まあ、私自身もあまり自分の描いた絵や文章について上手に説明できるタイプではなく、「Don’t think!Feel!」タイプなのでその気持ちはよく分かる。特に、絵や工芸品、デザインといった感覚での作業が大切なものは、単語で説明するのは困難だということも大きい。
また違う見方をすれば、自分の手の内を明かすことは、技術を盗まれることに等しい。継承することが前提の伝統芸能や技術ならば別だが、クリエイターの個性や個人的な技術が金額として換算される世界では、自分の手の内はなるべくなら秘密にしておきたいところだろう。そこにいたるまでの「苦労」を、他人に易々と渡したくない、という気持ちもよく分かる。
が、本書において、デザイナーたちはあっけらかんとその「苦労」をジョーク交じりに明かしてくれる。ここが大変だったんだー、これとこれで迷ったんだー、と、友人に愚痴を言うくらいのノリで、繊細で絶妙な判断や技について説明してくれる。
不思議と英国的
英国の出版社だからといって、必ずしもブックデザインも全て英国人が手がけるわけではない。アジア系でもヨーロッパ系でもアフリカ系でも、適すると判断された人間にブックデザインの白羽の矢が立つ。あくまで、その本を出版する最終的な責任者が英国の出版社であるというだけだ。
詳しいプロフィールが全て記載されているわけではないので、推測するしかないのだが、イラストレーター・クリエーター・エディターのみなさんは全員が生粋の英国人というわけではあるまい。それなのに、本書の文章には全体的に「英国」風が根底にある。ウィットに富んでいて、シニカルな自虐も多々あり、真面目なのにユーモラスな、古き良き英国人のイメージだ。
はさみこまれるジョークも、アメリカ人のそれでもフランス人のそれでもない。仕事に対する姿勢の真摯さも、日本人の生真面目さや、中国人のしたたかさともまた少し違う。
ずらっと装丁や作品だけを並べるととても多国籍でカラフル、一見、世界中からランダムに集めたように見える。しかし、添えられた文章をじっくり読みながら見ていると、それは英国のペンギンブックスでしかチョイスしえないものばかりなのだ。
素晴らしいティータイムや騎士道といった英国文化で感じる英国も好きだ。シャーロックホームズやシェイクスピアの世界観も素敵で、憧れる。しかし、もっと根本的な英国のDNAが、本書にもしっかりとある。
広告・ポスターではフランスや東欧が有名だが、書物の装丁ではイギリスに一日之長あり、と私は言いたい。
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